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見渡す限り緑と青……。 豊かな自然と澄んだ空のもとに、少年は住んでいた。 祖母と二人きりの生活だが寂しい事はなかった。 町にも森にも遊ぶ相手はたくさんいた。人も動物も、そしてポケモンも、彼にとっては皆同じ大事な友達だった……。 「ワタル、今日は秘密基地に行けるか?」 町外れ、森と町の境目あたりで遊んでいた子供達が、大人がいないのを確認してからワタルに訊いた。 「う〜ん……天気も良いし、変な感じしないから行けるよ」 ワタルは木登りする手を止めて枝に腰掛け、目を閉じた。 「ワタル?……何か聞こえる?」 ワタルはポンッと地面に飛び降り、姿勢を正して皆を見た。 「じゃ、これから秘密基地へ行きます!絶対に大きな声出さないこと!隊長のボクから、はなれないように!!わかった?」 ワタルは、一番無鉄砲なバーンの顔を見て言った。 「はい!隊長!!」 バーンが敬礼の格好をする。 「他のみんなもいい?レヴィに……え〜と、名前なんだっけ?」 最近、町にやって来たばかりの子だ。 「トキだよ。ワタル」 トキはちょっと困った顔をした。 「秘密基地って何?父さんが危ない事しちゃダメだって……」 バーンとレヴィは早く秘密基地に行きたくて仕方がない様子だ。 「どこにあるの?それ」 あまり乗り気じゃない顔でトキが訊ねた。 「……森の中の道をまっすぐ行って、道がなくなった場所からもっともっと中に入っていくんだ。ボクの秘密の場所なんだ」 ワタルが答えると、バーン達も自慢げに話し始めた。 「ワタルがいないと行けないんだぞ!」 トキは、ちょっと考えてからワタルに訊いた。 「秘密の場所って、何があるの?」 バーンとレヴィは顔を見合わせた。 「……なんにもないけど、なんでもある所。どうする?行く?行かない?」 トキは、何かを思い出したように突然走りだした。 「変なヤツ」 三人はトキのことを忘れて森へ入っていった。 「森のチョウサをするって、父さんが言っていた……」 トキは、家ではなく、父親の会社の仮設事務所へと向かった。 「父さん!」 勢いよく駆けこみ叫ぶトキに、大きなイスに座った男が振り返る。 「仕事中は危ないから来るなって言ったはずだ」 トキは息を整えてから、返事をした。 「ええとね、秘密き……じゃなくって、何か森の中にあるんだって。いい物みたい。なんでもあるんだって。でね、大人でも行けないような所だけど、ワタルは行けるんだ」 テイト開発公社社長は、わずかに眉をひそめた。 「地図もなく、磁石も効かず、誰も入れない危険な森だとか言っていたが……ふん、やはり一部の人間だけが道を知っているのか」 トキが身を乗り出す。 「ねえ、父さん。チョウサでいい物見つかったら、僕もそこに行きたいんだ、連れてってよ」 (良い物、か……宝石や砂金なら良い宣伝になるな) 社長とトキの笑い声が事務所の外にも響いた。 道なき道を進む子供たちの歩みが止った。 「何?どうしたの?」 小さな声でレヴィが言った。 「急に、鳥が静かになった……」 ワタルは目を瞑り、耳を、心を澄ます。 ワタルは実際に森と話が出来るわけではない。ただ、自然や動物の純粋な意思をぼんやりと『感じる』事が出来るのだ。 「怖がっているみたい……森も、小さい生き物も」 森は何かに戸惑い怯え警戒していた。だが、大型モンスターの意思も気配も感じなかった。ワタルも戸惑っていた。 「ワタル、人だ。こんな所に人が入って来てる」 ワタルが目を開けた時、誰かが小枝を踏んだ。 ワタルは考える暇もなく、とっさに二人の手をつかみ走り出した。森の意思に従うように安全な方向へ駆け続ける。二人もわけがわからないまま走り続けた。爆竹のような音が三人を追うように何度か聞こえた。 (キケン……テキ……キケン……テキ……) そんなイメージがワタルの心の中に伝わってくる。無我夢中でワタルは『安全な道』を走りつづけた。 いつのまにか、秘密基地に着いていた。 「オレのじいちゃんの、ライフルに似ている音だった……」 三人は顔を見合わせた。 「じいちゃんのライフルより、もっともっと大きな音だった……」 ワタル達の町・ハネズタウンの人間は森の奥へは入らない。森の奥は強い磁気を帯びていて、コンパスだけではなく電子機器も役には立たず、硫化水素が噴き出しているとも言われている森の奥へ、無理をして入る者はいなかった。 「……あ、また大きくなってる」 レヴィが見上げた方向をバーンとワタルも見上げた。 「本当だ、花、咲くかな……」 葉だけで1メートル以上あるその植物は、地上7メートルくらいまで背を伸ばしていた。その姿に、ワタル達はさっきの出来事をすっかり忘れてしまった。 「ねえ、ワタル。この木、何て名前だっけ?」 竜舌蘭……熱帯地方では10年から20年で開花するが、ハネズの森の気候では30年から60年で開花するらしい。だが開花すればこの植物は命を終える。 ワタル達は、竜舌蘭のあるこの場所を『秘密基地』と言っていた。 この場所は、彼らにとって「大切な場所」と言うよりは「当たり前にある場所」だった。存在して当たり前の場所だった。 「班長、いきなり猟銃なんて撃って良いんですか?」 テイト開発公社の調査隊員達が驚いて班長を止めた。 「何を言っている?ここは人間が入らない森だ。物音がすれば動物だろう?もしも大型のモンスターだったら……確認をしている暇はない、攻撃される前に撃たなくては、こちらがやられる」 そう言い、第三部隊班長はまた銃を打った。 「逃げたな……中型のモンスターか!?」 双眼鏡を持った隊員が答えた。 「無線は使えるか?」 調査隊第三部隊・第四部隊は上空からの調査に切り替えたが、いくつか小さな湖や沼が見える程度で、他に変わった物は見つからず、他の調査部隊も陸上で調査できる範囲では変わった物は何も見つけられなかった。 数日後……。 ハネズの森に大きなショベルカーやブルドーザーが何台も集まり、木々が次々と倒され整地されていった。 森のずっと手前に立ち入り禁止の看板とバリケードが張ってある。当然、ワタル達は入る事が出来なかった。 「何これ?」 大型トラックの往来にビックリしたバーンとレヴィは、何も言わないワタルの方を見た。 「ワタル!?」 そこまで言って、ワタルはその場にひざをついた。 (そうだ……おばあちゃんは、もう、森に入っちゃダメだって……もう遊べないって……) こっそり秘密基地に行っていた事がばれたと思い、祖母の話を最後まで聞かずにワタルは家を飛び出し、遊びに来たのだった。 「大きな車とか通るから、森の近くには行っちゃいけないって……母さんが言ってた」 切り倒した木を運び出すトラック。 「ワタル、帰ろう」 三人が帰ろうとした時、車が一台止った。 「バーン、レヴィ、ワタル、こんな所で何してるの?」 車から降りてきたのはトキだ。 「何って、森に入れないから帰るんだ」 トキは得意げに笑いながら言う。 「今は入れないけど、僕の父さんがここをカイハツするんだ。森よりもずっとずっといい物が出来るんだ」 バーンとレヴィがトキに詰め寄った。 「森よりいい物?」 トキは車の中の父親を振り返った。 「ワタルも乗って!」 開発公社社長が顔色の悪いワタルに気づく。 「どうした?具合でも悪いなら家に送るぞ」 バーンとレヴィは心配そうにワタルを見ている。 テイト開発公社仮設事務所は、すでに移転していた。 「二人とも、こんなの見たことないでしょう?都会にはこんなのがたくさんあるんだ。ここももうすぐこんなふうになるんだ」 瞳を輝かせている子供たちの向こうで、大人達が忙しそうに歩き回っている。 「社長、騒音が大きいと町長から苦情が来ています」 各担当者達も忙しく出入りをしている。 「社長、現場からの連絡です。機材を入れられる場所は作業は順調ですが、例のPー13は手作業なので予想よりかなり手間取っています」 ポイント13……調査の結果、磁気を帯びていて機械作業の出来ない地域は森全体の13パーセントだったことからそう呼んでいた。 「町人を雇っても良い。伐採と整地だけだから素人でも使えるだろう」 Pー13は、ある程度整地するが、いくらか自然を残して『磁気異常の森』として観光化する予定だ。本来なら森全体を整地し開発するところだが、磁気を帯びた地層は手作業で取り除ける深さではなかった。 (これだけ広大な土地だ、少しくらい使えない所があっても仕方がないだろう) 社長はチラッと子供たちを見た。 (森にいい物がある、か……調査隊は見つけなかったが、たいした物ではなかったんだな。森のほとんどを潰すと言うのに、あんなに笑っていられるのだから) ……バーンとレヴィは知らないだけだった。 |
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