リュウゼツラン
ポケSP版の四天王ワタルの
幼少の頃のお話です。

 見渡す限り緑と青……。
 豊かな自然と澄んだ空のもとに、少年は住んでいた。
 祖母と二人きりの生活だが寂しい事はなかった。
 町にも森にも遊ぶ相手はたくさんいた。人も動物も、そしてポケモンも、彼にとっては皆同じ大事な友達だった……。

 「ワタル、今日は秘密基地に行けるか?」

 町外れ、森と町の境目あたりで遊んでいた子供達が、大人がいないのを確認してからワタルに訊いた。

 「う〜ん……天気も良いし、変な感じしないから行けるよ」

 ワタルは木登りする手を止めて枝に腰掛け、目を閉じた。

 「ワタル?……何か聞こえる?」
 「聞こえない……木も草も動物もおとなしいよ」

 ワタルはポンッと地面に飛び降り、姿勢を正して皆を見た。
 つられて子供たちも背筋を伸ばした。

 「じゃ、これから秘密基地へ行きます!絶対に大きな声出さないこと!隊長のボクから、はなれないように!!わかった?」

 ワタルは、一番無鉄砲なバーンの顔を見て言った。

 「はい!隊長!!」

 バーンが敬礼の格好をする。

 「他のみんなもいい?レヴィに……え〜と、名前なんだっけ?」

 最近、町にやって来たばかりの子だ。

 「トキだよ。ワタル」
 「トキもいい?」

 トキはちょっと困った顔をした。

 「秘密基地って何?父さんが危ない事しちゃダメだって……」
 「危なくないよ!ワタルがいれば平気だって」
 「そうそう、だまってワタルにくっついてけば大丈夫さ」

 バーンとレヴィは早く秘密基地に行きたくて仕方がない様子だ。

 「どこにあるの?それ」

 あまり乗り気じゃない顔でトキが訊ねた。

 「……森の中の道をまっすぐ行って、道がなくなった場所からもっともっと中に入っていくんだ。ボクの秘密の場所なんだ」

 ワタルが答えると、バーン達も自慢げに話し始めた。

 「ワタルがいないと行けないんだぞ!」
 「大人だって行けないんだから」
 「ワタルってスゴイんだぞ、森と話が出来るんだぞ」
 「な、ワタルってスゴイだろ?」

 トキは、ちょっと考えてからワタルに訊いた。

 「秘密の場所って、何があるの?」

 バーンとレヴィは顔を見合わせた。

 「……なんにもないけど、なんでもある所。どうする?行く?行かない?」
 「う〜ん……また、今度にする。じゃあね」

 トキは、何かを思い出したように突然走りだした。

 「変なヤツ」
 「ねえ、早く行こうよ」
 「うん」

 三人はトキのことを忘れて森へ入っていった。


 「森のチョウサをするって、父さんが言っていた……」

 トキは、家ではなく、父親の会社の仮設事務所へと向かった。
 テイト開発公社、と書かれたプレハブのドアをくぐる。

 「父さん!」

 勢いよく駆けこみ叫ぶトキに、大きなイスに座った男が振り返る。

 「仕事中は危ないから来るなって言ったはずだ」
 「仕事に関係あるよ、森の、チョウサするんでしょ?」
 「調査か?もうそろそろ調査員が行くはずだが……何だ?それがどうかしたか?」

 トキは息を整えてから、返事をした。

 「ええとね、秘密き……じゃなくって、何か森の中にあるんだって。いい物みたい。なんでもあるんだって。でね、大人でも行けないような所だけど、ワタルは行けるんだ」

 テイト開発公社社長は、わずかに眉をひそめた。

 「地図もなく、磁石も効かず、誰も入れない危険な森だとか言っていたが……ふん、やはり一部の人間だけが道を知っているのか」

 トキが身を乗り出す。

 「ねえ、父さん。チョウサでいい物見つかったら、僕もそこに行きたいんだ、連れてってよ」
 「……ん?ああ、調査が終って危険がない事が確認できたらな。森を潰す前に連れてってやろう」

 (良い物、か……宝石や砂金なら良い宣伝になるな)
 (ワタルの案内がなくても秘密基地に行けたら、きっとみんなビックリするぞ)

 社長とトキの笑い声が事務所の外にも響いた。


 道なき道を進む子供たちの歩みが止った。

 「何?どうしたの?」

 小さな声でレヴィが言った。

 「急に、鳥が静かになった……」
 「大きいモンスターとか近くにいるのかな?」
 「いや、そんな感じじゃない。こんな感じは初めてだ」
 「何?何が聞こえるの?」

 ワタルは目を瞑り、耳を、心を澄ます。

 ワタルは実際に森と話が出来るわけではない。ただ、自然や動物の純粋な意思をぼんやりと『感じる』事が出来るのだ。
 秘密基地までの道順も、いつも違う。大型のモンスターなどの危険なモノを感じ避けて歩くので決まった道順などなかった。

 「怖がっているみたい……森も、小さい生き物も」

 森は何かに戸惑い怯え警戒していた。だが、大型モンスターの意思も気配も感じなかった。ワタルも戸惑っていた。

 「ワタル、人だ。こんな所に人が入って来てる」
 「迷子かな?」
 「人?」

 ワタルが目を開けた時、誰かが小枝を踏んだ。
 パキッ と小さな音が鳴った直後、爆竹のような音が鳴り響いた。

 ワタルは考える暇もなく、とっさに二人の手をつかみ走り出した。森の意思に従うように安全な方向へ駆け続ける。二人もわけがわからないまま走り続けた。爆竹のような音が三人を追うように何度か聞こえた。

 (キケン……テキ……キケン……テキ……)

 そんなイメージがワタルの心の中に伝わってくる。無我夢中でワタルは『安全な道』を走りつづけた。

 いつのまにか、秘密基地に着いていた。
 ここに来てやっと一息つく。
 そして爆竹音が何だったのか今ごろ気づく。

 「オレのじいちゃんの、ライフルに似ている音だった……」
 「バーンのじいちゃんのライフル!?ワタルは何に聞こえた?」
 「ボクは爆竹の音に聞こえた」

 三人は顔を見合わせた。

 「じいちゃんのライフルより、もっともっと大きな音だった……」
 「町の人じゃないよね、モンスターでも捕まえに来たのかな……」
 「ライフルで!?」
 「じゃあ……遠くの町の猟師さんが猟をしに来たとか」
 「う〜ん……そうかな?」
 「わかんない」

 ワタル達の町・ハネズタウンの人間は森の奥へは入らない。森の奥は強い磁気を帯びていて、コンパスだけではなく電子機器も役には立たず、硫化水素が噴き出しているとも言われている森の奥へ、無理をして入る者はいなかった。

 「……あ、また大きくなってる」

 レヴィが見上げた方向をバーンとワタルも見上げた。

 「本当だ、花、咲くかな……」
 「きっと咲くよ」

 葉だけで1メートル以上あるその植物は、地上7メートルくらいまで背を伸ばしていた。その姿に、ワタル達はさっきの出来事をすっかり忘れてしまった。

 「ねえ、ワタル。この木、何て名前だっけ?」
 「リュウゼツランだよ」

 竜舌蘭……熱帯地方では10年から20年で開花するが、ハネズの森の気候では30年から60年で開花するらしい。だが開花すればこの植物は命を終える。

 ワタル達は、竜舌蘭のあるこの場所を『秘密基地』と言っていた。
 別に何か建物が建っているわけではない。
 森の中のほんの少し開けた場所……。
 少し離れた所には小さな湖がある。
 静かな自然以外何もない場所……。
 何もないが、なぜかワタル達は心ひかれてここへ通った。
 何度も来るうちに、小さな動物達は彼らを怖がらなくなり、姿を見せ、そばにも来るようになった。
 湖は季節や時間ごとに、違う姿を見せてくれた。
 そして竜舌蘭は、日に日に大きくなっていった。

 この場所は、彼らにとって「大切な場所」と言うよりは「当たり前にある場所」だった。存在して当たり前の場所だった。


 「班長、いきなり猟銃なんて撃って良いんですか?」

 テイト開発公社の調査隊員達が驚いて班長を止めた。

 「何を言っている?ここは人間が入らない森だ。物音がすれば動物だろう?もしも大型のモンスターだったら……確認をしている暇はない、攻撃される前に撃たなくては、こちらがやられる」

 そう言い、第三部隊班長はまた銃を打った。

 「逃げたな……中型のモンスターか!?」
 「見えませんでしたが……深追いはしない方が良いです」

 双眼鏡を持った隊員が答えた。

 「無線は使えるか?」
 「いいえ、少し戻らないとダメです。何かに妨害されているようです」
 「そうか……、ではポイントDまで戻る。そこで第四部隊と合流し、ポイントBに飛行船の準備を急がせる!」
 「はい、了解しました!」

 調査隊第三部隊・第四部隊は上空からの調査に切り替えたが、いくつか小さな湖や沼が見える程度で、他に変わった物は見つからず、他の調査部隊も陸上で調査できる範囲では変わった物は何も見つけられなかった。


 数日後……。

 ハネズの森に大きなショベルカーやブルドーザーが何台も集まり、木々が次々と倒され整地されていった。

 森のずっと手前に立ち入り禁止の看板とバリケードが張ってある。当然、ワタル達は入る事が出来なかった。

 「何これ?」
 「何やってるの?」

 大型トラックの往来にビックリしたバーンとレヴィは、何も言わないワタルの方を見た。
 ワタルは真っ青な顔をしていた。

 「ワタル!?」
 「どうしたの?」
 「……森が、木が、泣いている……」

 そこまで言って、ワタルはその場にひざをついた。

 (そうだ……おばあちゃんは、もう、森に入っちゃダメだって……もう遊べないって……)

 こっそり秘密基地に行っていた事がばれたと思い、祖母の話を最後まで聞かずにワタルは家を飛び出し、遊びに来たのだった。
 バーンとレヴィはワタルに手を貸しながら言った。

 「大きな車とか通るから、森の近くには行っちゃいけないって……母さんが言ってた」
 「大人はカイハツするって言ってた……」

 切り倒した木を運び出すトラック。
 建設機材を積んだトラック。
 多くの人間と機械も忙しそうに動き回っている。

 「ワタル、帰ろう」
 「なんだか恐いよ、帰ろうよ」
 「……うん」

 三人が帰ろうとした時、車が一台止った。

 「バーン、レヴィ、ワタル、こんな所で何してるの?」

 車から降りてきたのはトキだ。
 バーンが返答する。

 「何って、森に入れないから帰るんだ」

 トキは得意げに笑いながら言う。

 「今は入れないけど、僕の父さんがここをカイハツするんだ。森よりもずっとずっといい物が出来るんだ」

 バーンとレヴィがトキに詰め寄った。

 「森よりいい物?」
 「森はどうなるの?」
 「レジャーランドだよ。あと、大きな店やホテルだって出来るんだ」
 「何それ?」
 「すごい物なの?」
 「教えてあげるよ、車に乗って!今、父さんの事務所に行くところなんだ」

 トキは車の中の父親を振り返った。
 仕方がない、といった顔をして開発公社社長はうなずいた。
 バーンとレヴィは、トキに背中を押され、車に押し込まれるように乗りこんだ。

 「ワタルも乗って!」
 「ごめん……僕は行かないよ」

 開発公社社長が顔色の悪いワタルに気づく。

 「どうした?具合でも悪いなら家に送るぞ」
 「いいです。一人で帰るから……」

 バーンとレヴィは心配そうにワタルを見ている。
 ワタルは無理にちょっと微笑んで手をふり、背中を見せ歩き出した。
 車はワタルをおいて走り去っていった。


 テイト開発公社仮設事務所は、すでに移転していた。
 事務所は切り開きつつある森の入り口に建っていた。
 もとの姿をとどめず、どんどん木を失い姿を変える森にバーンとレヴィは驚いた。が、トキの見せてくれた、テイト開発が今までに造ったレジャー施設等のパンフレットに目を奪われていた。

 「二人とも、こんなの見たことないでしょう?都会にはこんなのがたくさんあるんだ。ここももうすぐこんなふうになるんだ」
 「すごいや!」
 「ホントにすごいよ!」

 瞳を輝かせている子供たちの向こうで、大人達が忙しそうに歩き回っている。

 「社長、騒音が大きいと町長から苦情が来ています」
 「工事が静かに出来るわけないだろう!」
 「後でこちらに来るそうです」
 「予定より早く完成すると言っておけ!完成すればこの町も潤うんだ」

 各担当者達も忙しく出入りをしている。

 「社長、現場からの連絡です。機材を入れられる場所は作業は順調ですが、例のPー13は手作業なので予想よりかなり手間取っています」
 「ポイント13か……」

 ポイント13……調査の結果、磁気を帯びていて機械作業の出来ない地域は森全体の13パーセントだったことからそう呼んでいた。
 上空からの調査では硫化水素等有毒ガスの噴出は確認されなかったが、念の為慎重に作業をする事になっていた。

 「町人を雇っても良い。伐採と整地だけだから素人でも使えるだろう」
 「はい、社長!」

 Pー13は、ある程度整地するが、いくらか自然を残して『磁気異常の森』として観光化する予定だ。本来なら森全体を整地し開発するところだが、磁気を帯びた地層は手作業で取り除ける深さではなかった。

 (これだけ広大な土地だ、少しくらい使えない所があっても仕方がないだろう)

 社長はチラッと子供たちを見た。

 (森にいい物がある、か……調査隊は見つけなかったが、たいした物ではなかったんだな。森のほとんどを潰すと言うのに、あんなに笑っていられるのだから)

 ……バーンとレヴィは知らないだけだった。
 森のほとんどを整地することも、秘密基地までなくなるという事も想像していなかった。

――2へ続く――

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