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ワタルが目を醒ましたのは、夜中だった。 起きあがり、しばらくぼんやりと座ったままでいた。 「……ボク、行かなきゃ」 ワタルは眠っている祖母を起こさないように、そっと家を抜け出した。 「泣いてる、森が泣いてる……」 森に入れずに家に戻ってきたワタルは祖母の胸でずっと泣いていた。 「花が……リュウゼツランがもうすぐ咲くのに……それに……」 月明かりに照らされた細い道を走り森へ急いだ。 「ひどい、ひどいよ!」 森の入り口だった所に、ワタルは立っていた。 ワタルはそっと、横たわっている木に触れた。 森は、怯えていた。 涙がこぼれ落ちた。 「リュウ……」 森の奥に着いたワタルは、リュウゼツランを見上げた。夜のリュウゼツランを見るのは初めてだった。 「シャオロン?」 小さな声で呼びかける。 「シャオ?」 もう1度呼ぶ。 「シャオロン!おいで」 呼んでもそばにこない。シャオロンと呼ばれたミニリュウもまた怯えていた。 「……シャオ、森が……森が壊れてく、だから早くここから逃げて!わかった?仲間と一緒に逃げて!」 しばらく悲しそうにワタルを見ていたミニリュウだが、何かに驚き姿を消した。 「!?」 耳鳴りのような音がワタルの頭に響いた。 木の伐採は順調に進んだ。事故もなく、現地採用者も手際よく仕事を進める。開発反対を唱える者も日々減っていく。 そして、一ヶ月後……。 バーンとレヴィは、また、テイト開発に遊びに来ていた。 「そうだ、忘れてた。秘密基地ってどこなの?」 トキが、突然二人に聞いた。 「……秘密基地の事、忘れてた」 トキは自慢げに胸をはった。 「森のモンスターは、近くの山に逃げたんだけど、まだ逃げないで森に残ってるのもいる。でも大丈夫、それは全部捕まえるから」 その言葉に二人は固まった。 「何?どうしたの、二人とも」 今の今まで、バーンとレヴィは森がなくなるなんて想像もしていなかった。 「森がなくなるって、どういう事!?」 二人は顔を見合わせた。 「おじさん!森がなくなるって本当なの!?」 社長令息のお守り役の社員は、子供にもわかるように説明してくれた。 森は一部分だけ残るけど、自然のままではなく手を加える事。 「みんなが望んでいるんだ。森がひとつなくなっても、ここ以外に森も山もたくさんある。何も困る事はないんだよ」 バーンとレヴィは言葉の意味は理解できたが、心はその言葉を理解できなかった。 「……トキ、オレ達もう帰るよ」 バーンとレヴィは車の中で一言も話さなかった。 町の真ん中あたりで車を降りた二人は、車が去ってから、ワタルの家に向かった。 「ごめんねぇ、まだ熱が下がらなくて……起きられないの」 ワタルの祖母は申し訳なさそうに言った。 「ずっと、寝てるの?」 バーンとレヴィはどうしてもワタルに会いたかった。 「お医者さんにも診てもらったけど…何の病気かわからなくて……」 ワタルは開発が始まった翌朝からずっと寝込んでいた。 時々、バーンとレヴィが訪ねて来ているのを、ワタルは気づいていたが起きられなかった。 伐採の傷みと苦しみを身体で受けとめたワタルは体温が上がり、木々や動物達の悲しみはワタルの心を絞めつけていた。 「ワタルのおばあちゃん、……ボク達、知らなかったんだ。森を全部なくしちゃうって知らなかったんだ!モンスター達もみんなつかまっちゃうんだ。どうしよう……どうすればいいんだろう……ワタルに訊きたかったけど……」 二人は返す言葉がなかった。さっきまでレジャーランドやデパートを楽しみにしていた事が、心苦しかった。 その夜、ワタルは体を引きずるように家を抜け出し、森へ向かっていた。 道路は広くなっていた。 まだほとんど手付かずの森の奥へ着く。 「モンスター達が……ここに集まってる?」 たくさんの気配を感じたが、姿は現さない。 「お願いだよ、みんな逃げて!なんだかすごく、すごくイヤな予感がするんだ!!」 返事はない。 「リュウ……」 蕾をつけた竜舌蘭だけがワタルに答えるように、意思を伝えていた。 「リュウ……明日、咲くの?」 その時、ワタルの後ろに誰かが立った。 「ワタル、竜舌蘭は花が咲き終われば枯れてしまう。……ここに残ったモンスター達は運命をこの花とともに、この森とともにしようとしているんだねぇ」 ワタルの祖母は、彼と森とを同じようにやさしい瞳で見ていた。 「あんたがここに来るって、わかってたよ。あたしの孫だもの、森の悲鳴を無視できなかったんだろう?」 ワタルは祖母の腕をつかんだ。 「おばあちゃん、助けて!せめてモンスターだけでも助けて!」 彼女は静かにワタルの頭をなでた。 「おまえはやさしい子だねぇ。……モンスターの気持ちを感じているんだろう?助けて欲しいって言っているかい?」 祖母の表情が曇る。彼女は竜舌蘭に近より、葉に触れた。 「ワタル、あたしにはどうすることも出来ないんだよ。町長をはじめ大勢の町人は開発に賛成した。あたしみたいに反対する人間は少なかった。そして反対する人間もだんだん減っていった。だれも止められなかったんだよ」 ワタルは今まで気がつかなかった。 「おばあちゃん……その足……。反対した人は、みんなそんなふうにケガをしてるんだね!?」 彼女は竜舌蘭の葉をなでた。 (ボクの知らないところで、おばあちゃんは森を守ろうとしてケガをした) また、ワタルにしか感じない耳鳴りと地響きがした。 「雨だよ、帰ろう、ワタル」 ワタルは黙ったまま、うなずく事しかできなかった。 雨は一晩中降っていた。 あまりにも静かな朝……。 イヤな予感がワタルにまとわりつく。 「……おばあちゃん、上手く言えないけど、何かか変だ、おかしいよ」 ワタルは大きくうなずいた。 「危ないってわかってる、でもボクは行く」 ワタルの祖母は、ワタルをぎゅっと抱きしめたい気持ちを押さえる。 「ワタル……気をつけて行っておいで」 彼女はそう言って後ろを向いた。 「行って来ます!」 ワタルは家を飛び出す。 (……止める事が出来ないのなら、せめてその目でしっかりと事実と現実を見届けておいで……でも、ワタルには辛すぎる結末かもしれないねぇ……) いつのまにか、小雨はあがっていた。 「もうたくさん人が来てる。ずっと回り道しないと……」 ワタルは道から外れて、林の中に踏み入り斜面を登った。 その時、 「え?何?」 ずっと遠くから、猛スピードで何かが近づいてくるような音がする。 その音は一瞬のうちに、音ではない音と衝撃に変わった。 「わー―!!」 足元をすくわれたワタルは落葉が積もる地面に座りこみ木にしがみついた。 地震だ。 「や、やっと……止った!?」 地震は終ったが、地震ではない地響きが聞こえる。 「何、これ?まだ何か聞こえる!?」 ワタルは森のほうを見た。 「ちがう、あれじゃない。もっとちがう何かが……来る」 森のずっと奥で何かが壊れたようなイメージを、ワタルは感じた。 「あれは、水!?」 川か湖が決壊したのか、地底湖が噴出したのか、大量の水が土砂と木とともに濁流となって押し寄せてきている。 「ひどい……」 流されて来るのは、木と土砂だけではなかった。 そして濁流は幾分スピードを緩め、倒木などを少しずつ林に引っかけ、太くなった道を流れて行った。 ……どれぐらい、ワタルはそうしていただろう。 (あんなにひどい濁流だった……亡くなった人もいるかもしれない……そう、モンスター達だって……) 忙しそうにする大人達はワタルに目もくれない。 「トキ!?」 ケガ人はトキだった。 「……左足、もうダメかもしれないな」 どこかで誰かの小さなつぶやきが聞こえた。 ワタルはモンスターを見つけた。 「ねえ、目を開けて!返事をして!」 返事はなく、そのモンスターは冷たくなっていた。 「ねえ、目を開けて、起きて!」 ……何度揺すっても返事はない。何匹も何匹も同じ事を繰り返すが、誰も眼を覚まさなかった……。 「ひどいよ……何で、何でモンスターは助けてもらえないの?ねえ、お願いだよ、起きてよぉ……」 負傷者が全員運ばれた頃、町の消防団がワタルに気がついた。 「おい、ぼうや、ここは危ないから立ち入り禁止だ。おじさん達と帰るぞ」 ワタルはそれを無視して、まだモンスターを捜していない方へ駆け出した。 「おい!そっちは危ないぞ!!戻れ!」 追いかけようとした消防団を止めたのはワタルの祖母だ。 「ああ、あんたの孫かい?ケガ人のほうは?」 彼女は、ケガ人の手当てに駆り出されていたのだ。 自分が連れて帰るといって彼女は、足を引きずりながらワタルを追った。 ワタルは、何度同じ事をして何度悲しんだだろう。 「シャオロン……起きて!死んじゃダメだよ、お願い起きて、目を、目を開けて!!」 小さなシャオロンを抱きしめる。 「シャオロン、……リュウゼツランが咲いたんだね、最後に……その姿を見られたんだね……。シャオ!?」 シャオロンがピクリと動いた。 この時、遠くから見守っていた祖母はワタルの心の変化に気づいていなかった。 ―――エピローグ――― 伐採と雨による地盤の緩み。 開発は中断され、森だった所は荒地と化して行った。 「ねえ、シャオロン……人間はポケモンの敵なんだ、こうやってなにもかも壊して行くんだ。敵はいつか倒さないと、ポケモンはみんな死んじゃうね……。大丈夫だよ、ボク達がみんなを守ってあげよう。一緒に強くなって戦うんだ」 まだ幼いワタルと、まだ幼いミニリュウは、人間を敵と認識しはじめていた。 ――終り―― |
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