PERCIPIENT

 某児童書に登場した人物『数百年生きている伝説の魔導師ゴールデンアイズ』をヒントに1998年に書きました。素性も正体もまったく不明の彼の過去を書きたくなって書きました。元ネタになった児童書とは、まったくかけ離れているので、ほぼオリジナル小説です。

   

 定められてしまった運命は変えられない……。
 クモの巣にかかった蝶の命は終わり、クモの命は続く……。
 誰も変える事は出来ない、だが、もし、故意に変えたとしたら?
 運命の輪は狂っていくのか?
 それともすべてが狂う前に神の裁きが下されるのか……。


 木々の間を抜けた和やかな光がそそぐ森。
 そよぐ風は心なしか緑色に見える。
 ディーノはただ一人、全身に大気を感じながら小枝を拾っていた。

 (午後には雨になる…2・3日続きそうだ……)

 集めた小枝をまとめながら森の奥に目を向ける。
 程なく人影が現れた。手には大きな籠を下げている。

 「ディーノ、これから町へ薬草を売りに行くけれど……」
 「僕は薪になる木を集めているよ。午後からしばらく雨になるから……」
 「そう…」

 ディーノの母、イリナは少し淋しげに小首をかしげた。

 「ディーノ…」
 「何?母さん」

 イリナは言いかけた言葉をのみこみディーノの髪にそっと触れた。

 「お昼頃には戻って来るわね、あまり家から離れちゃ駄目よ」
 「やだな、僕もう子供じゃないよ」
 「そうね、もう13歳ですものね、じゃあ、行って来るわ」
 「気を付けて、行ってらっしゃい」

 イリナの後姿を見送りながらディーノはまた、小枝を集め始めた。

 (わかっているよ母さん、言わなくても聞こえるよ。僕は町の子供達にからかわれるのが嫌なんじゃない、反対に彼らを傷つける方が恐いんだ)  

 イリナの姿がすっかり見えなくなってからディーノは両手に意識を集中させた。緑色の風とはあきらかに違う風が吹き抜け、ゆっくりと小枝が数十本、宙を飛んで来る。

 「ふう…」

 ちょっと息を抜いた途端それは草の上に落ちてしまった。

 「ちょっと多すぎたかな、あとは手で集めた方が早いかも……」

 (もう少し、上手くコントロールが出来る様になったら、一緒に町へ行くよ……)


 
 黒緑の森の外れにイリナとディーノは母子二人で住んでいた。
 町へ行くには森を抜け反対側の外れに出なければならない。

 イリナは薬草を干したり煎じたりした物を時々町へ売りに行き生計を立てていた。ディーノも小さいころはイリナのあとをついて町へ行った。 だが、ある日、イリナが目を離したすきに事は起きた。

 「お前、どこの子供だ?めずらしいよなぁ黒い髪に目まで黒だぜ」
 「もしかして森に住んでいるヤツか?」

 数人の子供達に、ディーノは囲まれていた。

 「何とか言って見ろよ!黙ってちゃわかんないだろ」

 子供達に圧倒されてディーノは声を出せなかった。

 「森の奴ならあんまりかかわらない方がいいぜ。だって薬売りの魔女の子供だろ?」
 「ああ、魔女の子供なら変な髪の色かもなー、ははは」  

 今まで黙っていたディーノがつぶやいた。

 「…母さんは、魔女じゃない…」
 「何だって?聞こえねーよ!」
 「母さんの悪口言うなー!」

 ディーノが叫んだ途端、音にならない音で何かが裂けた。

 「痛い!」
 「こいつ、いつの間に石なんて…」

 リーダー格の少年の顔から血が出ている。
 足下には血の付いた欠けた石が落ちている。
 そして、ディーノの手にも欠けた石が握られている。

 ディーノは心の中で叫んだ。

 (違う!僕は投げてない!)

 「やっちまえっ!」

 子供達が次々とディーノに飛びかかる。
 その足下の地面には、まるで大きな刃物で斬りつけた様な痕があった、が、それは一瞬のうちに踏みつけられ、消えた。

 その時の事をディーノは今でもよく憶えている。

 『悪ガキ達にからかわれた森の子供が石を投げ、ケンカになった』

 見ていた人はみな、そう思っていた。 だが、事実は違う。
 ディーノの目には、まるでスローモーションの様に見えた。

 鋭い風、裂ける空気、切り取られる地面、砕ける石、飛び散った欠片、そのうち一つは悪口を言った子供の顔へ、そして、ディーノの方へ飛んだ物は彼が受け止めた。

 認めたくはなかった。
 それが自分の”能力(ちから)”が起こしたとは思いたくなかった。

 あっという間に消えた地面の証拠。
 いつまでも消えないディーノの記憶。
 何度も殴られた。
 一度も殴り返さなかった。

 大人が止めに入った時、全員傷だらけだった。
 だが、誰も、ディーノが手を使わずに人を傷つけた事に気付かなかった。
 それ以来、町には行っていない。



 「風が…森の匂いが変わった!?」

 小枝を集める手を止め、ディーノは辺りを見渡した。

 「何かがおかしい…こんな…感じは初めてだ」

 嫌な胸騒ぎを感じて空を見上げる。

 「もう昼になる…母さんを迎えに行こう…」

 ディーノは一気に駆け出した。森の色までが変って見える。

 (何が起きているのかわからないけど、きっと何かが起きている。母さんは無事だろうか)

 いつもなら聞こえる鳥の声も、動物の気配もない。
 町に近づくほど不安がつのっていく。

 「!?」

 誰かが倒れている。

 (まさか…)

 「母さん!」

 ディーノは慌てて駆けより、イリナを抱き起こそうとした。

 「……ディーノ……逃げて、早く…」
 「何が、何があったの?逃げるって…?」
 「…これは、あなたの父さんの形見…これを持って、逃げて」

 そう言いながら、イリナは血まみれの手でネックレスを外した。

 「きっと、あなたを守ってくれる…”能力(ちから)”もうまく制御してくれるわ」
 「母さん、知ってたの?」
 「ええ…さあ、早く…逃げて…あなたは生きのびて…」
 「母さん!駄目だよ、死んじゃ駄目だ、母さん!! 」

 ディーノの声は届かず、イリナは静かに目を閉じた。
 小さな腕の中に抱きしめられたイリナは動かない。
 服は元の色がわからないほど赤く染まっていた。

 「誰が…こんな…」

 異様な気配を感じディーノは振り向いた。

 (銀色の光…)

 涙でかすんだ目を慌ててこする。
 そこには、見た事もない銀色の髪の男がいた。
 いや、人ではない。魚のひれの様な耳、山羊の様な角、そして首は蛇の鱗で覆われている。

 (魔物!?こいつが母さんを!)

 ディーノは無言で銀の魔物を睨みつけた。
 魔物は口元を微かに歪め、笑った様な表情を作った。

 「我の姿を見ても逃げない人間がいたか」
 「おまえが…母さんを殺したのか!」

 恐怖よりも先に怒りがこみ上げる。

 「何で、何で母さんを殺した!」
 「威勢のいい小さな人間よ、いいだろう、教えてやろう。…契約だ」
 「な、契…約…?」
 「領主・ラヴァンが生きている限り、富・地位・名誉を約束する。領主・ラヴァンが生きている限り、我に捧げるものは領土の人間を一年間に60人、我の望む時望む方法で」
 「領主?」

 ディーノはこの土地に領主がいるのを知らなかった。
 わかったのは誰かが欲の為に他人の命を魔物に売っている事。

 「今年はまだ、60人には届いてない。安心しろ、今、そこの人間と同じにしてやろう。」

 魔物は、今度こそ、本当に笑った。
 その途端、ディーノの体は後ろに弾き飛ばされ、ハシバミの木の幹に叩き付けられた。

 「…ぐっ」

 立ち上がろうとしたが、背中に雷を受けた様な痛みが走り地面に倒れ込んだ。口からは声ではなく血がほとばしる。それでもなお、立ち上がろうとしたが、今度は強く地面に押さえ付けられた。その間、魔物は指先一つ動かしていない。 さらに、強く押さえ付けられる。

 (僕は…死ぬのか……?)

 必死に体を動かそうとしたが、自分の体がどうなっているのかわからなかった。砕けるような音が耳の中、いや、遠くからなのか聞こえる。

 魔物の声が頭の中に直接響いた。

 「たとえここで生き延びたとしても人間の寿命はせいぜい数十年、我にとっては他の生物と人間に大差はない、あっけない命よ。…ここで死ぬのはお前の運命だ」

 (運命……)

 その言葉に、幼いころの記憶が甦る。

  

 ―――蝶が飛んでいる。幼いディーノが追いかける。
 イリナもいる。やがて蝶はクモの巣にかかる。
 襲いかかるクモに蝶はなすすべもない。
 ディーノは泣きながらイリナにすがった。あの蝶を助けて、と。
 だがイリナは首を振る。

 『定められてしまった運命は変える事は出来ないのよ…』

 (ここで蝶は死に、糧を得たクモは生きる…)

 『そんなの、嫌だ!』

 ディーノの目の前が一瞬金色に光り、生き絶えようとしていた蝶が羽ばたいた。一方、クモは足を縮め丸くなったきり動かなくなった。

 『なんてこと…』

 イリナは蒼ざめた顔で蝶をみつめた…。 ―――

  

 「そろそろ、とどめを刺してやろう」

 ゆっくりと魔物が近づいてくる。ディーノの体はほとんど感覚がなくなっていた。だが手の中に握りしめている物が熱を発しているのに気付き、祈った。

 (力を…貸して)

 魔物がディーノの体に触れた途端、辺り一面が金色の光に包まれた。

 「これはいったい…」

 魔物の顔から笑みが消え、突然の激痛に膝をついた。

 「お前…何…を…」

 倒れ込みそうになるのを耐え、魔物はディーノを見た。
 その表情が凍りつく。

 ディーノは何もなかったかの様に立っていた。
 その雰囲気はまるで別人だった。

 ディーノは冷たい表情で手に握っていたものを首にかける。
 それはネックレスではなく、指輪に鎖を通した物だった。
 どこの文字とも知れない文字が幾つか刻まれている。

 そして今、新たな文字がそこに浮かび、ディーノは口を開いた。
 もう血を吐く事はない。

 「僕はここで死ぬ、ここまでの命、それが運命なら、定められた運命は変えられない。そう、それを変える事は出来なくても、交換する事は出来る。僕には、ね」

 もう、話す事も出来なくなった魔物が何か言おうとしている。

 「どうなるかって?死ぬのが恐いの?でも死ぬよ、今か、数十年後か知らないけど」

 間もなく死ぬであろう魔物に、追い討ちをかける様に言葉を続ける。

 「この”能力(ちから)”を使うのは二度目…、一度目は蝶とクモだった。どうなったか知りたい?二匹とも、鳥に喰べられたよ。最初からそうなる運命だったのか、それとも運命を交換した罰なのか…」

 そこまで言うとディーノは背中を向け歩き出した。
 魔物は仲間を呼ぶすべもなかった。

 いつしか空は灰色の雲に覆われていた。僅かな雲の隙間から光が洩れ、所々森を照らしている。

 ディーノはそっと、イリナを抱き上げその場を後にした。
 いつものディーノの顔だった。ただ一つ哀しみが溢れている瞳を除いて…。

  ディーノの後ろで何かが光った。
 それを魔物は虚ろに見つめていた。

 (金…色の…虫?)

 それはまるでディーノの影の様についていく。

 (…カゲロウ。…草カゲロウ…golden eye、か…)

 ここよりも、ずっと東の国にしかいない虫…。
 それも、雨の降り始めとともに消えていった。
 そして、ディーノも黒緑の森から姿を消した。  

――終り――

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