金環食

   

 ・・・”食”の光を長く浴びてはいけないよ。
 潜在能力の強い子は覚醒前に”変化(へんげ)”してしまう。
 ”食”の魔力に魅入られてしまう・・・


 
 ディーノは領主の住む街・パルスに来ていた。

 あの後、ディーノは母・イリナのなきがらを抱きしめ雨に濡れながら途方に暮れていた。どれくらいそうしていただろう、目の前に町の薬屋が立っているのに気付いた。
 町で、何者かに惨殺された被害者が数名出て、あやしい人影が黒緑の森の方へ向かったと聞いたので様子を見に来たのだった。
 薬屋と一緒にイリナを埋葬し、家財道具のほとんどの処分を薬屋に任せ、しばらく食べて行けるくらいの金をもらい、ディーノは旅立った。

 「領主様の住んでる街の親類の所に行く」

 と、嘘をついて。

 街のざわめきの中、ディーノは考えていた。

 (パルスに来たけれど……どうやって領主に会う?会ってどうする?)

 最初は仕返しをするつもりだった。
 しかし、街に近づくにつれ、どうしたら良いか、わからなくなった。
 母が殺されたと訴えても、子供の言うことなど誰も聞いてくれないだろうし、相手は領主……反対にディーノの方が捕まってしまうかもしれない。

 「それに、魔物なんて、誰も信じてくれないかもしれない……」

 思わずつぶやいた時、すれ違った男に肩を捕まれた。

 「おい、ボウズ!魔物がどうしたって!?見たのか!!」

 ディーノは、子供らしいビックリした表情をわざと作った。

 「た、ただのウワサだよ。遠くの町に出たとかなんとか……。友達の友達が言ってたんだ」
 「……なんだ、子供の間でもそんな噂が出てるのか?」
 「魔物って、ホントにいるの?」
 「さあな。自分は神の使いだと言ってるヤツが騒いでるんだよ。魔物が太陽を食っちまうってな」
 「太陽を食う魔物!?」
 「そいつに食われると太陽が欠けて、昼間でも夜みたいに真っ暗になっちまうんだとさ。ほら!あそこで騒いでるのがそうだ」

 ディーノは、男が指差す方向を見た。
 真っ白い服を着た男が、通りかかる人たちに大声で何か語りかけている。次々と人が集まっていく。

 「太陽が食われたら人間に『呪い』がかかるらしいぞ」
 「呪い?」
 「ふん。オレはそんなの信じないんだが……家族が恐がるから仕方なく『護符』ってのをあいつから買ったんだ。ボウズもママに買ってもらうんだな」
 「ごふ?」
 「紙のお守りみたいな物だ。じゃあな」
 「うん…」

 男が行ってしまうと。ディーノは人だかりの方へ近よった。

 (魔物が太陽を食う?そんなバカな……)

 「……ですから、明日の正午すぎに太陽は魔物によって食べられてしまうのです!端からどんどんと欠けていって、大部分が食べられてしまい、その時、人間に災いが降りかかるのです!」
 「おい!いいかげんな事を言うなよ!」
 「本当です!しかしご安心下さい!私が持っている『護符』があれば災いは回避されます!そして、神がすぐに太陽を復活させて下さいます!」
 「災いってなんだよ!」
 「覚えておられないのですか?今から13年前にも太陽が魔物に食べられた事があるでしょう?あの時は、太陽のほとんどが食べられ三日月のようになりました。ここから遠く離れた黒緑の森のあたりの町では、なぜか太陽すべてが食べられてしまったそうです。そして、火照りと大飢饉が起きたのです」
 「大飢饉……そうだ!アレはたしかに13年前だ!」
 「そ、そうよ!13年前だわ。アタシにその護符、売ってちょうだい!」
 「最近、作物の生育が良くないんだ……これも呪いなのか!?」
 「お、俺にもくれ!」
 「はい、たくさんご用意しております。慌てずに順番にお願いいたします」

 ディーノはその様子を、遠巻きに見ていた。

 「僕が生まれた年に大飢饉?母さんはそんなこと言ってたかなぁ……」

 ディーノが考え込んでいるうちに集まっていた人が全員護符を手に入れ帰って行く。白い服の男も、いつのまにか消えている。
 それと入れ違えるように、立派な身なりの男が従者と供に現われた。

 「……少し遅かったようです」
 「言われなくても、わかっておる!」
 「す、すいません」
 「貴様が謝ってもどうにもならん!あの詐欺師、いいかげんな事を風潮してあやしい護符など売って……ただではおかんぞ!」
 「はっ!すぐにヤツを追い、懲らしめます!」
 「ふん!魔物は太陽なんぞ食わん!」
 「ラヴァン様、魔物は何を食うのかご存知なのですか?」
 「ワシはそんな事は知らん!ただ……太陽は食わないと知ってるだけだ。余計な事を言わずにさっさとヤツを探せ!」
 「はっはい!」

 何人かの男たちが街に散って行く。ラヴァンと呼ばれた男と残った従者が元来た道をひき帰す。

 ディーノはその様子を食い入る様に見ていた。

 (あれが、領主なのか?……間違いない、魔物の事を知っている。魔物と契約して冨と地位・名誉を約束され、その報酬に領地の人間を魔物に捧げている領主ラヴァンだ!)

 ディーノは、ゆっくりと彼らの後をつけて行った……。


 領主ラヴァンは気分が優れなかった。最近、納税が滞ってきたのだ。それに体調も崩すようになった。
 こんな事は、銀の魔物と契約して以来なかった事だ。
 ラヴァンは銀の魔物を呼んだ。だがいくら呼んでも来ない。
 今までは、突発的な新たな契約にも呼べば現われた。報酬さえ惜しまなければ、いつでもやってくる魔物が呼んでも現われなくなったのだ。

 「くそ!銀の者め、契約をおろそかにして何をやっておるのだ!さんざん好きなように食い荒らしてるくせに!」

 ラヴァンは、契約によって銀の魔物を支配下に置いているつもりでいた。
 実際、銀の魔物は報酬…生贄にする人数は守っていた。契約通りの事をして、契約通りの報酬を受け取る。
 契約などしなくても好きなようにできるはずの魔物が人間の支配下に身を置く必要はない。
 魔物を支配してるつもりの人間を見て、魔物は嘲笑っていた。
 生贄になる人間に「領主の為の生贄だ」と告げ、その反応を楽しんでいた。
 銀の魔物にとって契約とは、ただの気まぐれな遊びだったのだ。

 ラヴァンは一人うす暗い部屋で、酒を飲み、わめいていた。
 窓の外ではディーノが聞き耳を立てていた。

 (……銀の者。きっと銀の魔物のことだ。魔物が死んだ事を知らないんだ)

 「誰かいるのか!」

 突然、ラヴァンが窓を開けた。

 「ん?気のせいか?そうだな、ここは三階だ。誰もいるはずがない。いたとしたら……銀の者か!?まったく!とっとと現われたらどうなんだ!」

 その時、間一髪、ディーノは屋根の上にいた。

 (ふう、危ない危ない。でも……飛べるようになってて良かった……)

 ディーノは母の死後、急速に不思議な力が増大していった。まだ不安定な所もあるが、なんとかコントロールできている。

 「どうしようかな……」

 ラヴァンにどうやって仕返しするか考えていた。そして心にケリがついたら父の故郷に行くつもりだった。そこに行けば、きっとこの力の使い方がわかるはず……。そう、ディーノは思っていた。

 「先に、父さんの故郷を探したほうが良いかなあ……ずっと前に母さんが教えてくれた父さんの故郷……昨夜その夢を見るまで忘れていた父さんの故郷……先にそっちに行けって事なのかなあ……」

 ディーノは空を見上げた。月がない。星のキレイな夜空。

 にゃぁぁぁ……

 何かが聞こえる。猫の声のような子供の声のような不思議な声。

 「何?なんだろう……」

 耳に聞こえる声ではない。ディーノは声がするほうに向かった。

 「この辺からなんだけど……」

 領主の館の北側の外れ、声は足元から感じた。

 「ここだ」

 窓のない塔があった。地面からディーノの背の2倍くらいの所に、換気口程度の小さな穴がある。
 ディーノは、ふわっと舞いあがり、そっと中を覗いた。

 真っ暗で何も見えない。でも、何かの気配はする。
 暗闇の中、ずっと下の方に真っ赤な目が光った。
 かすかな獣の匂いが、ディーノの鼻をくすぐる。

 『誰なの?』

 人ではない声ではない『声』がする。

 「僕はディーノ。君は誰?どうしてこんな所にいるの?」
 『……人間?なぜ、私の声が聞こえるの?』
 「僕にもわからないけど、僕は人間外の生き物や森の声が聞こえるんだ」
 『そう……。私はビアンカ。ここには閉じ込められているの』
 「閉じ込められて?」
 『ここの人間に、めずらしい生き物だから見世物にされてるの』
 「見世物?」
 『そうよ。遠くから来た偉い人間様に見せるのよ!』

 偉い人間様、と、ビアンカは吐き捨てるように言った。
 ディーノの心が痛む。ラヴァンは人間だけでなく、他の生き物にも酷い事をしていたのだ。

 「君は魔物なの?魔物の力で逃げられないの?」
 『魔物よ。でも、力が覚醒する前に”変化”してしまった』
 「へんげ?」
 『ええ、時が来れば力が目覚めるはずだったのに、その前に”食”の光を浴びてしまって変化してしまったの』
 「しょく?」
 『太陽や月が短い時間のうちに欠けてなくなって、また元に戻る事よ』
 「食って、魔物がやってるの?」
 『ちがうわ。魔物にそんな力はない。幻覚くらいなら見せられるけどね』
 「君はまだ覚醒しないの?どうすれば覚醒するの?」
 『それを聞いてどうするの?』
 「君を助けたいんだ、ビアンカ」
 『私は魔物よ。力が目覚めれば、あんたなんか簡単に殺せるのよ!』

 ディーノが何かを思いついた様に、ふいに笑う。ビアンカは、ディーノの瞳が一瞬金色に光ったような気がした。が、すぐにその光は消えた。

 「君は……もともとは”猫”の姿だったんだね。でも、食の光で”人猫”の姿に変化した。が、力がない為に”猫”の姿に戻れず、人間なんかに捕まった」
 『私の姿が見えるの?あんた、何者なの!?』

 ビアンカのいる部屋は明かりが一つもない。
 唯一、北側の小さな換気口から僅かな光が入るだけ。それも、新月前夜なら
ほとんど光は入らない。だが、ディーノはビアンカの姿を感じていた。

 「自分が何者かなんて、わからないよ。で、どうすれば君は覚醒できるの?」
 『…”食”よ。変化後、新たにもう一度、ちがう“食”の光を浴びれば良いの』
 「それは良かった」
 『え?』
 「明日の昼に、太陽が魔物に食われて、また元に戻るってウワサだよ」
 『魔物が太陽に手を出せるわけないでしょう!?』
 「人間たちのウワサだよ。でも、これって食のことだよね。チャンスだよ」
 『でも、ここは南に窓がないわ。食の光は浴びられない……』
 「出してもらうんだよ。ラヴァンに」
 『どうやって?』
 「僕に考えがある。任せてよ。でもその代わり約束してほしい」
 『何を?』

 ディーノは小さな声でささやいた。

 『いいわ。でも納得行く結果が出なかったら、好きにさせてもらうわ』
 「うん、いいよ。じゃあ、また明日」


 翌朝・・・。
 雲一つない真っ青な空の下、ディーノは領主の屋敷の大きな門の前にいた。
 門番の一人が不審な目を向ける。

 「おい、ここはお前のような薄汚い子供が来る所ではない。さっさと立ち去れ!」
 「ラヴァン様にお取次ぎしていただきたいのですが」
 「ガキが何を言っている!」
 「わたくしは、銀の御方の使いです。そう言っていただければすぐに通していただけるはずです」
 「銀の御方ぁ?」
 「はい。銀の御方です。すぐに取り次いでいただかないと・・・あなたがラヴァン様のお怒りを受けますよ?ラヴァン様は、ずいぶんと銀の御方を待っていらしたご様子ですから」

 門番は、もう一人の若い門番と顔を見合わせた。

 「お前の言うことを信じるわけではないが、ちょっとだけ聞いて来てやる」
 「お願いいたします」

 若い方の門番が、屋敷の中へ走っていった。
 あいかわらず、もう一人の門番はディーノを不審の目で見ている。

 「おい、お前。銀の御方ってのは誰だ?」
 「ご存知ないのですか?ラヴァン様があなたにお教えしていないのなら、わたくしもお教えできません」
 「なんだと!?」
 「わたくしに無礼な事をなさると、あなたの方が痛い目にあいますよ」

 門番はすっかり頭に血が上って真っ赤な顔で怒っている。ディーノは涼しい顔で、凛と立っている。これではどっちが子供かわからない。
 それでも、冷静を装って門番が訊く。

 「どんな風に痛い目にあうって言うんだ?」
 「クビになります。失業ですね」
 「お前一人を殴ったら、クビになるって!?」
 「わたくしを、殴るおつもりでしたか?これは困りましたね。減給モノですね」
 「なんだと!!この汚いガキが!!!」

 その時、さっきの若い門番が慌てて駆けて来る。

 「銀の御方の使いの御方!どうぞ中へお入りください!ラヴァン様がお待ちです!」
 「はい」

 ディーノは、頭に血の上った門番に目もくれずに屋敷に向かった。
 執事らしき人が玄関の前で待っている。
 門番は高潮した顔のまま、若い門番にくってかかった。

 「何なんだ!あいつは!?」
 「ですから、銀の御方の使いの御方ですって。・・・僕達、すぐに案内しなかったからラヴァン様がお怒りになられて・・・」
 「ああ!?」
 「減給かもしれません・・・」

 理不尽な出来事に、門番の顔は赤から青へ変わっていった・・・。

 一方、ディーノは立派な部屋に通されていた。しかし、客間ではなさそうだった。屋敷のニ階一番奥の部屋、窓はあるが地面は遠く、バラの庭になっている。うっかり落ちたり飛び降りたりしたら大怪我をするだろう。そして、扉がニ重になっている。
 メイドがお茶を置いて行った後、ディーノは一人っきりになった。

 「だれかを軟禁するのにちょうど良さそうな部屋だな」

 そう、呟いたところでドアが開く。ラヴァンだ。ずかずかと部屋に入ってきたラヴァンは、どかっとソファーに座った。ディーノは窓辺に立ったままだった。

 「はじめまして、ラヴァン様。わたくし銀の御方の使いの者です」
 「お前が銀の者の使い?どう見ても普通の人間の子供に見えるぞ」
 「人間に化けております」
 「・・・まだ子供じゃないか、使いと言うのは本当だろうな?」
 「本当です。銀の御方も、そうそうお暇ではありませんから、何度も呼ばれてもすぐには来られませんので・・・代わりにわたくしが参りました」
 「・・・お前で役に立つのか?」
 「わたくしがご用を伺って、銀の御方にお伝えいたします。しかし・・・たいした事がないご用なら、わたくしで処理しても良いと言われております」

 ラヴァンはディーノを睨みつけた。

 「お前に何ができると言うのだ?」
 「信用できませんか?」
 「銀の者の使いだという証拠がない。信用できん。それにウソならタダでおかん!」
 「・・・仕方がありませんね」

 ディーノはため息をつくと、ラヴァンに向かって微笑んだ。
 そのとたん、ラヴァンの体が空中に浮き逆さになった。

 「うおお!?なんだ!?やめろ!何をする!!」

 ラヴァンは空中で逆さになったまま、コマの様に回り始めた。

 「わかった!わかったからやめろーー!!」

 なかなか回転は止まらない。やっと止まり頭が上向きになる途中で、背中から床に落ちた。

 「何をするんだ!」
 「ラヴァン様が、証拠を見せろとおっしゃるので・・・」

 突然、部屋の外からドアが叩かれる。

 「ラヴァン様!どうなされました!!」
 「うるさい!何でもない!ここに近づくなと言っただろう!!下がれ!」

 叫び声に、執事達が駆けつけたのだ。
 ラヴァンはもう一度、ソファーに座りなおす。

 「ふん。わかった、銀の者の使いと認めてやろう。だが、乱暴にもほどがある!」
 「申し訳ございません。まだまだ子供なので」
 「何が子供だ。魔物に子供も大人もあるものか!・・・まあ良い。では、さっそく用件を伝える」
 「どうぞ」
 「最近、納税が遅い、何とかしろ。そして、ワケのわからん予言男を始末しろ。それと、ワシの体調も良くしろ。お前にできるか?」

 ディーノはちょっと考えるふりをして目を閉じる。

 「農作物の生育不良・・・。そして白い服の男・・・。薬・・・」
 「できるのか?」
 「良いでしょう。わたくしでも用は足りそうです」
 「そうか!できるか。報酬はなんだ?銀の者と同じ報酬で良いのか?それともお前はまだ子供だから、少しは安い報酬か?」

 (さっきは、子供も大人もあるものかと言っていたくせに・・・)

 ディーノは、ラヴァンを憎らしいと思う気持ちを隠し、微笑む。

 「わたくしは銀の御方とは好みが違います。そうですね・・・魔物、あなたはまだ未熟な魔物をお持ちですね?それをいただきたい」
 「未熟な魔物?・・・ああ、あいつのことか。飼いたいのなら部屋から出すなと銀の者は言っていたが?」
 「ええ、人間の所有物にするのなら出してはいけません。しかし、わたくしの所有物にするのなら出しても大丈夫です。わたくしは人間ではないのですから、十分にコントロールできます」
 「あいつをどうするのだ?」
 「聞いても人間には理解できない事です」

 何を想像したのか、ラヴァンの顔が醜く歪む。ディーノは急かすように言った。

 「あの魔物をいただけないのなら、契約はしません。銀の御方にお願いしてもかまいませんが・・・いつになるかわかりませんよ?」
 「・・・わかった。あいつをやろう」
 「契約成立ですね。納税はニ・三日かかりますが、早速かかりましょう」

 そう言うと、ディーノは何かを握っている左手を差し出した。ゆっくり手を開くと、そこには干からびた草があった。
 ディーノは何かを小さな声で呟く。
 草から煙が立ち昇る。ゆっくりとその煙はラヴァンにまとわりついた。歪んだ表情が緩み顔色が良くなる。

 「いかがですか?体調が良くなられたでしょう?」
 「ああ、本当だ・・・」

 ラヴァンはすっかり緩んだ表情で煙に身をまかせている。

 (ただの香草だよ。鎮静効果があるだけなのに・・・)

 ディーノは薄く笑い、香草を片付けた。

 「次は、白い服の男です。・・・なかなか頭の切れる人間のようですね。あなたにとっても利用価値はありそうですが、始末するのですか?」
 「ああかまわん。始末してくれ」
 「せっかくですから、ご自分で納得いく様に始末されてはいかがですか?」
 「何?」
 「ほら、この通り」

 ディーノの目が一瞬光ったかと思うと、突如、庭から叫び声が聞こえた。

 「うわっ。何だ?ここは!?」

 白い服の男は、稼いだ小銭を持って街を出て、次の仕事を考えながら山道を歩いている所だった。それが一瞬のうちに一面のバラの庭の中にいたのだ。
 慌ててラヴァンの家来達が、男を取り押さえる。

 「いかがですか?この調子で、近々納税も進むでしょう」
 「おお!さすが銀の者の使いだ!」

 喜んだラヴァンは、窓から家来達に指示を出す。

 「おい!その泥棒を閉じこめておけ!ワシが直々に裁いてやる!!」
 「はい!わかりました」
 「ま、待って下さい。私は泥棒では・・・」
 「なんだと?お前はウソをついて変な物を売りつけた詐欺師だろう!」
 「あ、あれは、その・・・ちゃんとした護符でして・・・」
 「話は後でゆっくりとラヴァン様が聞いてくださる。さあ、来い」
 「うわああ。た、助けて〜・・・」

 あっというまに、白い服の男はどこかに連れて行かれた。ラヴァンが手のひらを返す様な態度になる。

 「最初は疑っていたが・・・さすがですな。さすが銀の者の代理の方だ!少々銀の者と趣向が違う様だが、なかなか迅速な対応だ!」
 「では、あの魔物をいただけますか」
 「おお。今すぐお渡ししよう!」
 「今すぐではなくて・・・太陽が南天に達する直前にしていただきたい」
 「正午の前に?」
 「ええ。あの魔物を使って面白いショーをお見せしますよ」
 「太陽を食うと言うのはウソではないのか!?」
 「それは見てからのお楽しみに・・・」


 正午少し前。
 ディーノは領主屋敷の裏庭にいた。屋敷の者さえも滅多に来ない裏庭だ。
 しかも、もうすぐ『魔物が太陽を食べる』と予言された時間。外に出る人間は少ない。だれもが家の中に閉じこもっているはずだ。
 ラヴァンの家来二人が、ビアンカを連れてきた。大人しくついてきている。

 (これが・・・ビアンカの姿・・・)

 ディーノは無表情にその姿を見ていた。
 自分と同じ年頃の、自分と同じ黒髪の少女。顔立ちや体つきはほとんど人間だが、猫のような耳と尻尾が生えている。そして、真っ赤に光る瞳。これは本来の色ではなく怒りで赤くなっている様だと、ディーノは思った。

 「使いの方、どうぞ」
 「ありがとうございます。さあ、こっちへ・・・」

 ビアンカも無表情のまま、ディーノの差し出す手に自分の両手を預けた。彼女の手は鎖でつながれていたのだ。よく見ると、体のあちこちに傷がある。

 「傷だらけですね」
 『理由もなく、ムチが飛んでくるのよ』
 「ああ、それは、言うことをきかない時に・・・」
 「そうですか」
 『うそよ。ヤツあたりで殴られたこともあるわ』
 「非常に狂暴でして・・・」
 「今は大人しい様ですが?」
 『ろくに食べ物ももらえないのだもの。暴れようがないわ』
 「そ、そうですね。不思議です・・・」

 ラヴァンの家来二人は、胡散臭そうにディーノを見ていた。何者かわからない妙に大人びた奇妙な子供だと思っていた。
 大人しくしているとはいえ、異形の魔物の手を平気で握るディーノを気味悪そうに見つめる。
 ディーノにとってビアンカは『魔物』である以前に、『ラヴァンの被害者』である。幼い頃から森や動植物と会話していたディーノは、人間も動物も植物も魔物も関係ない。相手がなんであれ、自分に危害を与える物が敵、それ以外は敵ではなかった。

 早い昼食を終えて、ラヴァンが現われた。

 「使いの方、ショーと言うのはなんなんだ?」
 「すぐわかりますよ。もう少し、お待ちを・・・」

 ディーノが黙ってしまったので、ラヴァンも黙る。
 沈黙がしばらく続いた。
 ビアンカは真っ直ぐに南の空を仰いでいる。
 家来二人は不安な顔で帰りたそうにしている。
 ラヴァンが沈黙に堪えきれず何か言おうとした時、ビアンカが呟いた。

 『来る・・・。離れて』

 ディーノがそっとビアンカから離れる。
 その行動にラヴァンも言葉を飲みこみ黙る。

 ついに、『食』が始まった。

 「おお、太陽が・・・本当に欠けていく」
 「や、やっぱり魔物が・・・」
 「うるさい!黙って見ていられないのなら帰れ!」
 「は、はい!」

 家来二人が、帰ろうかどうかと焦燥し、ラヴァンに怒鳴られる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、太陽が欠けていく。
 ビアンカの体の中に『気』が駆け巡る。まるで血が逆流するかのような錯覚を覚える。力が、みなぎって来る。

 「・・・ふ、ふふふ、・・・あははは!とうとう、覚醒するわ!」

 ビアンカが叫ぶ。今まで猫のような鳴き声しか出さなかったビアンカが人語を発する。家来二人は慌てふためいた。

 「わああああ!喋ったぁ!魔物が喋ったぞ!!」
 「そ、それに笑ってる!?なんだ?なんで笑うんだ!?」

 ディーノが冷ややかな視線を向ける。そして口元だけに笑みを浮かべる。

 「彼女は喜んでいるのですよ。気味が悪いですか?逃げたいのなら、どうぞ、ご自由に」
 「うわああ!」
 「ひいいいいぃ」
 「おい!待たんか!ワシの命令が聞けんのか!!」
 「ラ、ラヴァン様・・・。お許しを・・・恐ろしくてここにいられません!失礼します!」
 「わ、わたしもです!」
 「く・・・クビだ!お前らはクビだ!勝手にしろ!!」

 家来二人は、あっというまに走り去ってしまった。
 ラヴァンは真っ赤な顔で怒っている。ディーノは冷ややかに言った。

 「喋る魔物なんて、見たことがないんでしょう?普通の人間なら、魔物と関わることなんてありませんから」
 「ふん。ワシは普通じゃないというのか?」
 「特別な人間、なのでしょう?」
 「そうだ、ワシは選ばれた特別な人間だ!意気地のないヤツに用はない。代わりはいくらでもいる。・・・ところで『覚醒』とはなんだ?」
 「人間には関係ないことです。ほら、太陽のほとんどが欠けましたよ」

 『食』は進み、太陽の大部分が欠けて三日月のような形になっている。
 そして、食はもっと進み辺りは暗くなり、太陽は外輪だけを残して中を食べられてしまった様になった。暗い空に、金色の輪の形だけが見える。
 ビアンカは鎖でつながれた両腕を広げられるだけ広げて、太陽に向かって手を伸ばしている。

 「金環食だわ!13年前と同じ、あの森で見たのと同じ金環食だわ!」

 ビアンカの体が、うっすらと赤く光り始める。

 (13年前?あの森の金環食って・・・僕の住んでいた黒緑の森のこと?)

 ディーノの生まれ育った黒緑の森。
 そこで13年前に『食』が起きている。

 光り始めたビアンカの体は、徐々に様子を変えていく。
 少女から、大人の体つきに変化して行く。
 そして、猫の耳と尾は体に吸いこまれるかのように消えて、人間の姿になった。

 「これ、ジャマだわ!」

 ビアンカが軽く腕を広げる。手首をつないでいた鎖が、いとも簡単にちぎれた。ビアンカの体は真っ赤な炎に包まれている様に光っていた。
 ラヴァンは口を開けたまま、恐怖で動けないでいた。

 「覚醒は完了かい?」
 「ええ、ありがとう。助かったわ」
 「それは良かった。じゃあ、さっそく始めようか?」
 「そうね。動きたくてウズウズするわ」
 「約束さえ守ってくれれば、あとは君の好きにして」

 二人は動けないでいるラヴァンに向き直った。
 ビアンカは燃えるような瞳でラヴァンに静かに歩み寄る。
 溢れる殺気を隠さずに、ゆっくりと近づく。
 ラヴァンはその瞳に気おされる。

 「お、おい、こ、これは、どういう事だ?銀の者の使い?」

 ディーノは冷たい目でラヴァンを見上げた。
 もう、演技は必要ない。

 「僕は、銀の魔物の使いなんかじゃない」
 「な、なんだと!」
 「銀の魔物は・・・・僕の敵。いや、・・・敵だった」
 「敵?お、おまえは何者だ?」
 「人間だよ。領主様の冨と地位と名誉の為に生贄になる人間だよ!」
 「に、人間が、あんな力を出すのか!あれは人間業じゃない!」
 「ああ、あれ。僕は、特別な人間なんだ。領主様とは違った意味でね」
 「ワシを、どうする気だ!」
 「・・・どうもしないよ。ただ、事実を教えに来ただけ」
 「事実?」

 金色の輪になった太陽が、最初に欠けた部分から元に戻っていく。まるで宝石のついた指輪のような形になる。宝石の様に見える部分が明るく光る。
 それと同時に、ディーノの体も金色の光につつまれた。
 黒い瞳も、金色に光る。
 冷たくディーノが微笑む。
 その笑顔に、ビアンカも一瞬凍りつく。

 「これ以上待っても無駄だよ。銀の魔物は来ない」
 「なぜだ!」
 「・・・来られないんだ。だって、死んだから」
 「何?」
 「殺したんだ。僕が銀の魔物を殺した。・・・他の魔物と契約したってダメだよ。僕が何度でも魔物を殺してあげる。何度でも.、ね」
 「そ、そんな。銀の者が死んだなんて・・・。ウソだ!!」
 「まだ、気がつかないの?いくら呼んでも報酬を高くしても来ないよ。もう、終わりだよ。冨も地位も名誉も、すべて終わりだ」
 「ウソだー!!」

 ディーノが冷ややかに笑う。
 ラヴァンは引きつった顔で、地面に崩れ落ちた。
 ビアンカは二人を交互に見ていた。どう見ても、ディーノは普通の人間ではない。ふいに、ディーノがビアンカを見る。ビアンカはドキッとした。

 「さあ、好きにして良いんだよ。思う存分、仕返しをするといい」

 金色のオーラをまとい、冷酷な笑顔のまま言うディーノに、ビアンカは瞬間的に息が止まる。が、すぐに気を取り直す。

 「・・・ええ。たっぷりと仕返しするわ」

 そう、言った途端、ビアンカはラヴァンに飛びかかった。

 「うわああああぁ!誰か!誰か助けてくれ!!」
 「そうね・・・お前は、最後にするわ。この家の物達全員を痛め付けてからね!」

 ビアンカは、急に動きを止めるとパッと飛びあがり、館の母屋の方へ駆けて行く。

 「な、なに!?ま、待ってくれー。そ、そうだ、お、お前・・・い、いや、銀の者を殺したお方。た、助けてくれ!お、お礼はいくらでも出す!なんでも好きな物を言ってくれ。か、金か?土地か?なんだ??た、頼む、助けてくれ!」
 「契約しようって言うの?僕は魔物じゃない」
 「わ、わかってる。雇いたいんだ!ど、どうだ?銀の者と契約してたワシまで敵じゃないだろう?」

 ディーノの冷めた笑顔が消える。怒りに瞳が光る。

 「ひ、ひいいいぃ」
 「好きな物だって?可笑しな事を言うなあ。銀の魔物の生贄になった人を返してくれるって言うの?死んでしまった人を返してくれるって言うの!!」

 母屋の方から悲鳴が聞こえる。ビアンカが暴れているのだ。

 「た、助け…」
 「誰を助けるの?あなたの被害者だった彼女は、もう助けてあげたよ?」
 「やめてくれ……やめて……」

 ラヴァンは座りこんだまま、半ば放心状態になる。

 「何をやめるの?僕は困ってる彼女を助けて、あなたに真実を言いに来ただけ。……もう聞こえてないかな?……さようなら。領主様」

 そう言うと、ディーノはラヴァンを残しその場を後にした。


 「うわあああああぁ!助けてくれ!!」
 「ま、魔物だぁ!太陽を食う魔物だー!!」
 「あの男は詐欺師じゃなかった!」
 「ラヴァン様が飼っていた異形の者が、魔物だったんだ!!」

 屋敷の中は大騒ぎになっていた。
 ビアンカは、わざと人間が逃げれる程度に捕まえたり追いかけたりしていた。鋭い爪で皮膚ギリギリの所を切り裂く。まるで楽しむかの様に。

 「こいつ!」
 「あまいわ……」

 斧を振りまわしビアンカに対する者もいたが、あっさりと交わされ、反対に鋭い蹴りが入る。そのまま、斧を持った人間は気を失った。

 「白い服の男はどこだ?」
 「やつなら、まだ護符を持ってるかもしれない!」

 数人の家来や使用人達が、捕えられた男の所へ走った。

 「詐欺師扱いして悪かった!頼む、助けてくれ!」
 「おい、まだ護符はあるか!?出たんだよ!」
 「太陽を食ったんだ!この目で見た!ラヴァン様が飼っていた魔物だ!」

 (太陽を食う魔物なんかいるものか!あれはただの天体現象だ)

 白い服の男は驚いた。太陽が食われる事も災いも、全部ウソなのだ。

 「み、皆さん。落ちついて下さい。護符はあります。私をここから出してくだされば、お渡ししましょう」

 護符に効果はない。だが、白い服の男はとりあえず閉じ込めれている部屋から出してもらおうと考えた。

 「わかった。ここから出す。だから護符を…」
 「急げ!」
 「部屋を出るのが先です!」

 男達が部屋から出た時、ビアンカが待ち構えていた。

 「ひいいぃ!」
 「おい、何とかしてくれ!護符で追い払えないのか!?」
 「そ、そう言われても……」
 「貸せ!」

 使用人の一人が、護符の束を取り上げ、ビアンカに投げつけた。
 彼女はそれをよける事も無く、軽く払い落とした。
 男達は腰を抜かし、這って逃げようとする。が、すばやく前にまわったビアンカに退路を絶たれる。

 「だ、だめだ……」
 「効かないわ。こんな物」
 「お、俺達を殺すのか?食うのか?」
 「……汚れるわ」
 「へ?」
 「人間なんか殺したら、アタシのキレイな手と爪が汚れるわ。汚れた人間なんて食べたら、アタシの肌が汚れるわ」
 「?」
 「もう良いわ。ずいぶんと寿命が縮んだでしょう?このへんでやめてあげる。アタシが人間を食べる魔物じゃなくて命拾いしたわね。……ここの領主が契約してた魔物は人間を食べるヤツだったわ。いったい何人生贄になったのかしら?魔物を飼ったり、強い魔物と契約したりする領主を持ったことを悔やむといいわ!」

 ビアンカは、そう言い残して館の屋根に飛び上がり、その向こうに消えて行った。

 いつのまにか、太陽も元に戻っている。
 使用人たちが我に返った時。白い服の男も消えていた。本当に詐欺師だった事が露見する前に逃げたのだろう。

 そして、食が終わった街は、魔物が現れた話で大騒動になった。

 領主が飼っていた魔物が太陽を食い、屋敷で暴れ、護符も効かなかった事。
 領主が人間を食う強い魔物と契約していた事。
 噂は瞬く間に街中に広がった。
 ラヴァンへの不信感が一気に高まる。
 ラヴァンが治める地域は、ほかの地域よりも行方不明者や犯人のわからない殺人事件が多かった。銀の魔物の被害がほとんどだ。
 噂は、どんどん大きくなり、解決されていない事件はすべてラヴァンの契約した魔物のしわざと噂され、作物の生育不良も、小さな地震や、ちょっとした大雨までもが、領主のせいと噂された。

 そう遠くないうちに、ラヴァンはパルスの住民によって裁かれるだろう。
 ビアンカがディーノと約束したのは、『人間を殺さない事』。約束通り、彼女は人を殺めなかった。住民が領主にどんな裁きを下すかわからないが、これで彼女の復讐は果たされる。


 パルスの町から離れた森の中、小さな日溜りにディーノと黒猫が座っていた。

 青みがかったキレイな黒猫だった。瞳もまた、黒だった。

 「ビアンカって、白い猫だと思っていたんだけど…」
 「黒も白も同じ、『色が無い色』よ」
 「色が無い色……」
 「そんなことより、どうやって詐欺師を連れてきたの?塔の中から外が見えなくても何が起きてるかくらい感じられるわ。門番をからかってる間に、誰かが塀をよじ登って庭へ入って来た。それが白い服の男でしょう?」
 「さすが、覚醒してなくても敏感なんだ」
 「バカにしてるの?」
 「感心してるんだよ」

 猫の姿に戻ったビアンカが、爪を出す。

 「わあ、ひっかかないで。ちょっとした暗示だよ」
 「暗示?」
 「昨夜のうちに、隣りの大きな街へ続く道端に寝ている白い服の男を見つけたんだ。そして、香草を焚いて暗示をかけた。それだけだよ」
 「どんな暗示なの?」
 「パルスに戻って一番立派なお屋敷の庭に忍びこんで隠れる様にって暗示。そしてタイミングを計って暗示を解いた」
 「意識は?」
 「ほとんど無いんじゃないかなあ。僕もこの暗示初めて使うから」
 「初めてって…上手く行かなかったら、どうするつもりだったの!?」
 「う〜ん。ちょっと重いけど、男を浮かせて飛ばして運んだかなぁ」

 ビアンカは、香草とは幻覚作用のある野草のことだと想像はついたが、浮かせて飛ばすに驚く。

 「あんた、ホントに人間?」
 「たぶん」
 「たぶん?」
 「母さんは人間だったよ。父さんは……たぶん人間」
 「普通の人間じゃなさそうな言いかたね」
 「う〜ん……。父さんの遺品の中に魔法書みたいな物があったんだ。小さい時に見つけて、こっそり木の洞に隠しておいた。香草の使い方や暗示のかけ方はそれを読んだんだよ。こういう事をする人をなんて言うのかなぁ……」

 ビアンカの目が鋭くなる。警戒する様にディーノを見つめる。そして、ディーノの上着の襟元から見える鎖に気が付く。
 ディーノはビアンカの視線に気づき、鎖を引っ張り出した。
 鎖に指輪が一つ通してある。何か文字が刻まれている。

 「その指輪は?」
 「父さんの形見」
 「魔導師のお守りみたい……力は感じない。力のコントロールを補助する指輪みたい。魔導師以外には、ただの飾りね」
 「まどうし?」
 「ええ、あんたの父親は魔導師だったみたいね。……でも、厳しい訓練や修行をしないと、いくら素質があっても魔導師にはなれないはず。おかしいわ」
 「?」
 「なぜ、あんたは本を読んだだけで術が使えるの!?」

 ビアンカが一歩、後ろへ下がる。ディーノはあいかわらず座ったままだ。

 「おかしい?僕だって不思議だよ。それに、飛ばす力は、もともと持っていたから……」
 「……ディーノ、あんた、どこから来たの?」
 「黒緑の森」
 「……アタシも、その森で生まれ育ったわ。でも、あんたの事は知らない」
 「ビアンカ、覚醒した時に言ってたよね?13年前と同じ金環食だって」
 「言ったわ。13年前、黒緑の森で見た金環食のせいで変化したんだもの」
 「そしてすぐ、人間に捕まったんでしょう?」
 「悪かったわね!その通りよ!」
 「13年前、僕が生まれる少し前に、太陽が欠け始めたんだ。そして、太陽が輪みたいな形になるまで欠けた時、僕が生まれた。だから、僕とビアンカは会ってないんだよ」
 「金環食の時に生まれた人間なの!?」

 ビアンカの目が丸くなる。

 「ビアンカ?」
 「……」
 「ねえ、どうしたの?……金環食に生まれた人間も、どうにかなるの!?」
 「……」
 「僕は、人間じゃないの?人間じゃなくなってるの!?」
 「……人間よ、ただ、普通じゃない、特別な人間」
 「特別?」
 「欠けてしまった太陽が元に戻る力、最も強い力・金環食から戻る力、その力の発動と同時に生まれた人間……光の加護を受ける人間……」
 「光の加護って何?僕はどうなるの?ビアンカは?君も光の加護を受けているの?」

 ディーノの不安げな表情に、ビアンカは目を伏せる。

 「アタシは闇に属する者、光の加護なんて受けない。太陽を欠けさせた方の力の影響を受けているの。だから、光の加護を受けた人間がどうなるのかは、知らないわ」
 「そう……」

 ディーノは膝を抱えて、体を丸くした。ビアンカがその姿をじっと見る。

 (これが本来のディーノの姿……。パルスでは、やけに大人びた口調で領主達を欺いたり、冷酷な瞳と言葉だけで領主を絶望させ、反対にアタシには優しかった。どれが本当の姿か、わからなかったけど……本当は、まだ子供で、世間知らずで、誰かに甘えたい子供……)

 ディーノがそのままの姿勢で呟く。答えを求める様な瞳で、ビアンカを見る。

 「黒緑の森の、ずっと東に父さんの故郷があるんだ。場所も街の名前も知らないけど……そこに行ってみようと思う。何か、わかるかもしれないから」
 「そうね、それが良いわ。どの辺か見当はついているの?」
 「……」
 「それなら、黒緑の森のずっと東の隠された村に行けば良いわ。そこは魔導師の修行村なの。ピタの村を通り越して山道の途中で奇妙な気配を感じる場所、普通の人間には感じない気がつかない脇道があるの。そこが修行村へ続く道よ」
 「魔導師の修行村……」
 「あんたの父親の故郷かどうかはわからないけど、自分自身が何者なのか、答えが見つかると思うわ」
 「……ありがとう!ビアンカ。僕、そこに行ってみるよ!」

 パッと、ディーノの顔が明るくなる。ビアンカの心が痛くなる。

 「自分が何者なのか、どんな答えが出ても良いのね?」
 「うん」
 「覚悟は出来てる?」
 「うん。……でも、どうしてビアンカは魔導師のこと詳しいの?」
 「アタシ達の一族は、魔導師の相棒になった者が多いのよ」

 ふいに、ビアンカがディーノの膝に飛び乗った。慌てて抱きとめるディーノ。ビアンカは自分の頬と耳の後ろを、ディーノの頬にこすりつけた。猫の仕草そのもので……。

 「じゃあね、ディーノ」
 「ビアンカ?どこに行くの?」
 「やっと覚醒して、自由になれたことを、一族に報告するのよ」
 「黒緑の森なら、同じ方向だよ」
 「アタシ達は各地に拠点があって、人間が来られないような所に長がいるの。まず、そこに行くわ」
 「おさ?」
 「長老とも呼ばれてるわ」
 「……また、僕達、会えるかな?」
 「縁があれば、きっとどこかで会えるわ」
 「そうだね」
 「そうよ」
 「さよなら、ビアンカ」
 「さよなら!」

 ビアンカは木の枝に飛び乗ると、枝を飛ぶように伝わって消えて行った。

 「なんだか、普通の猫みたい……」

 ディーノは、ビアンカが見えなくなってから、反対方向へ旅出った。


 ディーノの気配がまったく感じないくらい離れてから、ビアンカは立ち止まった。そして、ディーノには言えなかった言葉を思い出す。それは『食の光を浴びてはいけない』と教えてくれた祖母から聞いた言葉だった。

 「まさか本当に、金環食の時に生まれた人間がいるなんて……。まさか出会って助けられるなんて想像もしなかった……あれは本当なの?」

 ビアンカは、しばらく考えていたが、頭を振って、走り去った。
 自分が考えても、どうにもならない。
 彼女は、そう思い、古い言い伝えを忘れようとした。

  

金環食の時に生まれし人間、光の加護を受け、闇を従える。
光と闇の力を授かり、光と闇を制す。
だが、欲望にとらわれた時、すべてを失う。

  

―――終わり―――

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