混迷の戦場・2

  『幻のポケモン』が現れる少し前、鍾乳洞の中でドリーンとキョウはキクコと戦っていた。キョウは出血多量の上、キクコのゲンガーに力を吸い取られ、かなりのダメージを受けた。

 一方キクコも逃げるのがやっと……くらいの力しか残っていなかった。……この勝負はキクコの負けだ。

 「さすがだね、グリーン。……さすがオーキドの孫だ。……いや、さすがアタシの孫だよ、グリーン」
 「何!?」

 キクコの言葉にグリーンは驚いた。

 「あわてるなグリーン、キクコはお前を動揺させて何か仕掛けるつもりかもしれん!」

 キョウが叫ぶ。

 「ふん、忍者男は少しだまってな!……グリーン、オーキドはアタシの事を何一つ教えてはくれなかったんだろう?」
 「……」

 グリーンは返事が出来なかった。……確かにオーキドはキクコの事を訊いても教えてくれなかった。

 「アタシが教えてやるよ……。昔、アタシとオーキドはある研究所の同じチームでポケモンの研究をしていた。……だが、ある日突然、ヤツは研究所を辞めた……。たったひとりで『ホケモン図鑑』を作るとか言って……。アタシがひきとめてもダメだった。その年のポケモンリーグでヤツに勝てば戻ってくるかと思ったが、決勝戦で8時間の激闘の末わずかの差でアタシは負けた……」

 キクコは小さな溜息をつき、言葉を続ける。

 「負けたのは仕方がなかったのかもしれないね……。その時は気付いていなかったけど、アタシのお腹には新しい命が宿っていたのだから」
 「まさか……」

 グリーンは息を呑んだ。

 「オーキドの子供さ……。アタシは子供を育てながら研究を続けるつもりだった。だが、ある時研究所は閉鎖されてしまった……。まだ幼い子供を抱えアタシは路頭に迷った……。何処でどう噂を聞いたのかオーキドはアタシの前に現れたよ。そして……子供を連れていったんだ」

 「おじいちゃんは……子供だけを連れて行ったって言うのか!?」

 「ああ、そうだよ。『キクコ、お前一人だけなら立派に生きていけるだろう?子供はオレが育てるからお前は好きに生きろ』ってさ……」

 キョウが口を挿む。

 「だまされるな、グリーン……」
 「もう少し黙って聞いてな!忍者男!!」
 「キクコ、その子供が……」

 「あんたの母親だよ……。大人になったあの子はオーキドの家を出て、ポケモントレーナーと恋に落ちた。アタシの事なんか憶えていないはずなのに、アタシと同じゴルバットやアーボックを使う男だったらしい。……でも男はグリーンが生まれた後、姿を消した……心当たりはないかい?」

 キクコが訊いたのはグリーンではなくキョウだ。
 グリーンは振りかえりキョウを見た。

 「……ま、まさか」

 そう言ったキョウは、かなりうろたえている。

 「キョウ!キクコに騙されるなって言ったのはお前だろう!?しっかりしろ!それにオレには姉がいるんだぞ?」

 ますますキョウは青ざめる。

 「ふん、心当たりがあるんだろう?忍者男。子供を連れた女に」
 「う、嘘だ!そ、それが本当ならオレは自分の子供を……」
 「以前、殺そうとしたねェ、二回も」
 「うわあああぁ」

 キョウは頭を抱え込んでその場に座り込み、ブツブツと呟き始めた。

 「……落ちつけ、落ちつくんだ。逆算すればいいんだ。……あの女と出会ったのは…10年前!? 違う!これは違う女だ。じゃあ14・5年前の彼女か!?子供を連れていたのは彼女だったか?だ、ダメだ正確に思い出せない!」

 グリーンは呆然とキョウを見つめいてた。

 「心当たりがあり過ぎるようだねェ」

 まったく戦えない状態になったキョウを無視してグリーンはキクコに向き直る。

 「いいかげんな事を言っても、オレは騙されないぞ。両親は事故で死んだんだ、おじいちゃんはそう教えてくれた!」

 「アタシの事を言いたくないからさ」
 「……」

 「そのゴルバット、どっちのポケモンだい?忍者男の指示も、お前の指示もよく聞くじゃないか。それはあんた達の血のつながりをゴルバットが感じているからだろう?」

 ゴルバットは困った顔で、キョウとグリーンの顔を交互に見ている。

 「嘘だ!そんな事、絶対にない!」

 グリーンは動揺を隠せず叫んでいた。

 「その頑固な所、オーキドにそっくりだ。……ヤツは昔は強くていい男だった。今じゃ見る影もないがね。ポケモン図鑑なんて物を作っているようじゃダメだ……そんなことをしているうちに、ポケモンは滅びてしまう……だから、アタシ達が人類を抹殺して世界を作り変えるのさ!」
 「ポケモン図鑑……」

 とうとうグリーンまで、青ざめた顔になった。

 「おじいちゃんは……図鑑を完成させたら、渡したい人がいるって言っていた……。昔いっしょに研究した人だって……」

 「そう言えば、昔そんな事を言ってたよ、オーキドは。でもね、アタシはいつ果たされるか解らない約束なんていらないんだよ!」

 キクコの叫びに合わせるように地響きがして鍾乳洞が崩れ始める。

 「ここでアタシが敗れようと、もう、四天王野望達成のシナリオは完成に向かっているんだよ!!島の中央でワタルが暴れてると見える!」

 キクコがゴースの黒い霧に包まれる。

 「キクコ!」

 一方、キョウは崩れた鍾乳洞に飲み込まれる所だった。

 「キョ――ウ!」

 グリーンの声で我に返ったキョウは慌ててベトベトンを出した。

 「防の極意、べトベ遁の術!!」

 ふざけた名前の術だが、術自体は立派でキョウとゴルバットを包んだベトベトンはその場から掻き消えた。

 キクコは黒い霧に守られながら尚も一方的に語り続けたが、夜明け直前に一言残して消えた。

 「おしゃべりが……すぎてしまったよ。あんたがオーキドの……アタシの孫だからかねぇ……」
 「キクコ!!」

 グリーンは叫んだがもう遅い。キクコの姿は何処にもなかった。

 (まったく、グリーンよりも忍者男のほうがこんな話を信用するなんてねぇ、おかげで逃げやすかったがね)

 キクコは笑いをこらえ、安全な場所へと逃れていった。

 島の中央、サカキが消えたのを逃げたと思ったワタルは『幻のポケモン』を操るため、そのポケモンに近づこうとしていた。

 「兄さん!いったい何を!!」

 イエローはすっかりサカキの言葉を信じ込んでいるようだ。

 「兄さんじゃない!!……上に行くんだよ、上にいる幻のポケモンの所までな!!……やつを自在に操れたなら、カントーなど、世界など……瞬時に人間どもから開放できる!」

 「あのポケモンで世界を!?そんな!……そんなこと、絶対にダメだ!!これ以上の破壊をするって言うのか――!!」

 ワタルはプテラに乗って上空へ上がっていった。

 「……兄さん、いや、ワタルはポケモンの気持ちを代弁している。……だけどだからって人を、街を、すべてを破壊するなんてまちがってる!!きっと人とポケモンは共存できる!ボクはそれを証明したい!!」

 ワタルの後を追っていくカイリューの尾につかまり、イエローも上空に上がっていく。一歩早く幻のポケモンの背に乗ったイエローはすべてのポケモンを出した。

 「絶対に兄さん…ワタルを止める。みんなボクに力を貸してくれ。みんなを守るための……力を!」

 イエローに答えるように、まだ新化していなかったポケモン達が一斉に新化した。二段階連続新化でピーすけは一気にバタフリーになり、イエローは空中戦が可能となった。

 「空を飛べるようになったか。しかし、ジャマはさせん!人間はポケモンの敵!やつらを排除するために幻のポケモンは手に入れる!」

 「違う!人間はポケモンの味方だ!ボクはみんなの世界を守る!」

 「では何故、人間は自然を破壊したのだ!?何故ポケモンの住処や命を奪う!?破壊された土地は放置され荒地がどんどん広がっている……。それでも味方だと言うのか!?共存できると言うのか!?」

 「兄さん!あなただって人間です!!なのに人類抹殺なんて……間違っています!仮に、兄さんの望みどうりの世界が出来たとしてもその後どうするんです!?」

 「兄さんはやめろっ!いつまで騙されているんだ!……オレは望みどうりの世界が出きれば後は何もしない、すべてが落ち着いたら……オレは死期を待つだけだ。それで完全に人類が滅亡する、ポケモンだけの世界になるのだ!!」

 「そんなの、間違ってます!!」

 (兄さんの心を変えることはボクには出来ないのか?)

 イエローのポケモン達が新化しても力はワタルに及ばず、押されるばかりだった。

 (幻のポケモンがバッジのエネルギーを吸っている……発生してしまったエネルギーは止められない……対策はひとつ、それ以上の力をぶつけてエネルギーを吹き飛ばすことだ……)

 イエローがそう思った時、島の中央に集まったグリーン達がポケモンの『気(エネルギー)』をイエローに送っていた。
 それを感じたイエローはピカに帯電させる。

 「トキワの森よ!ボクに、みんなを『守る』力を…!!100万ボルト――!」

 ピカの電撃がワタルとプテラ、そして幻のポケモンにあたる。
 ワタルの脳裏に幼い頃の記憶がよぎる。

 無理な開発、汚された大地、瀕死のポケモン達、……命を落とした多くのホケモン達。……大切な物を目の前で次々と失った。人間とポケモンを区別して考えてなかった少年が、人間を敵と認識した時の記憶……。

 「く……、ここまで…か!」

 ワタルと竜達は姿を消した。

 力尽きたイエローは、バッジのエネルギーをすっかり吐き出して優しい光をまとっている幻のポケモンの姿に安心して、気を失った。

  この様子を、遠くからサカキは見ていた。

 「こうなるだろうと思ったぜ、ワタルにはまだ手に追えるシロモノじゃなかったって事だ。あのポケモンはな!」

 多少いつもと違う口調だった。はじかれたエネルギーは光となり、島だけでなくカントー中に降り注いでいく。光を受けた荒地に緑が戻っていく……。

 「波動ではじかれたバッジエネルギーを、イエローの不思議な力が変化させたか……。いや、案外ワタルの力も入っているかもしれないな……最終的には、緑の大地にするつもりだったのだろうからな」

 そこにマチスとナツメが現れた。マチス・キョウ・ナツメはロケット団の幹部だ。四天王を倒すためイエロー達と一時的に手を組んでいたのだ。

 「ボス!!待って下さい!!」
 「きっと会えると思ってましたぜ、ボス。オレ達はこうして組織復活の準備をしてきた。今こそ一緒にまた暴れましょうぜ」

 ボスはずっと行方不明だった。二年ぶりの再会だ。だがサカキは冷たく言い放つ。

 「マチス、ナツメ、それから姿を見せねえキョウにも言っとけ。組織復活の準備ってのはガキの力を借りて四天王を倒す事か!?」

 キョウが姿を見せないのは怪我がひどいだけではない。キクコの話に動揺したままで、とても出てこられる状態ではなかった。

 「ボ…ボス!?」
 「私はまだ修行の旅の途中だ。悪事を遂行できるだけの力を身につける為のな。お前らはカントーに戻って自分のジムでも守ってろ!」

 そう言い捨てて背中を見せた。バッジのエネルギー発動は止まった……。配置してある場所はわかっている。サカキはバッジすべてを回収するつもりだ。

 「100万ボルト……オレ達の中でひとりだってあれだけの威力を出せる者がいるか!?見ろよ、はじけたエネルギーがカントー本土のほうにまで及んでいやがる」
 「ボ…ボス……」

 マチス、ナツメは置き去りにされた。久しぶりに会ったボスは口調も乱暴で別人のようだった。

 バッジをひとり回収しつつサカキは思う。

 (イエローのやつ、ワタルを兄と思いこんで必死になっていたな……それは思惑どうりだが、父さんは余分だ!!私は見かけほどの年齢じゃない!!イエローやワタルぐらいの子供なんている年ではないぞ!!!)

 四天王は姿を消し、イエロー達はそれぞれの故郷に戻った。
 サカキはまた行方不明になり、キョウも過去の清算を確認する旅に出て行方不明となった。

 カントーに平和が訪れた。

――終り――

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