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「お前がさっさと森の奥に消えてくれれば、オレもさっさと町へ帰れたんだがな……」 一人森へ残ったガイが呟く。 (オレが逃げれば、こいつも茂みの中のヤツも追いかけてくる) 茂みの中で両目をギラつかせているヤツが唸っている。 (仕方がない、こいつが帰るのを確認してからオレも帰るか) 「さあ、オレももう帰りたい。お前も帰るんだ!」 また、石を投げ始める。 (仲間ではないのか?敵でもないのか?……敵はオレか) 恐竜に似たそれは明らかにガイに敵意を示していた。 「動物……獣は正直だ、敵意も好意もハッキリしている。……来るなら来い!相手をしてやる」 ガイは身構えた。力も体力も自信があった。 (どうせこの恐竜もどきは力技しかないだろう。オレはこの半年でかなり鍛えたんだ!畑だって荷車引きだって引越しの手伝いだって大人以上にこなしたんだ!!) 恐竜もどきは空を仰ぎ遠吠えをした。それは、攻撃の合図だった。 「オレを馬鹿にするなよ……もう終りか?気絶でもしたか……」 しばらく動かないそいつの傍に近寄った。どうやら顔から落ちたらしい、鼻の辺りから血が出ている。顔を覗いた時、急にそいつは目を開けガイに襲いかかった。 「しまった……」 野生のモンスターが投げられただけで気絶するわけがない。 (こいつも馬鹿じゃないんだ……どのくらいの知能があるのか、な……) 襟首を締め上げられ高く持ち上げられながら、そんな事を考えていた。 (これで、終りだな……) 地面に落ちる事を覚悟したガイだったが、彼は予想外の所へ落ちた。 (この木は……葉が赤くなってない……緑のまま……そうか……神様に捧げる木だ……) 体を何処かにぶつけていたらしく上手く動かない。頭も幹に少し打ち付けていた。ぼんやりしながら下を見る。さっき逃げて行った小さなモンスターは仲間らしき者と一緒にこちらを窺っている。 (良かった……仲間の所に帰れて……) ガイと戦ったモンスターは、もう、戦意はないらしく草木を物色していた。が、口に運ぶがすぐ吐き出し、森の外、町の方へと歩いていった。 (だめだ……止めなきゃ……、いや、皆に、知らせな、い……と……) 心と裏腹に体は動かず、彼の意識はだんだん遠くなり溶暗していった……。
ガイが目を覚ましたのは翌朝だった。 「……痛ってぇ……ここは……?」 体の痛みに我に帰る。 「まずい、町が襲われて……」 慌てて走ろうとしたが転んでしまった。 (足が、折れている……) 傍に落ちていた木の枝を足に添え、ボロボロに破けた上着を脱ぎ足に巻きつけ歩き出した。 (皆は無事なのか?町は?おばさんは?) 何度も転びながら、やっとの思いで森を抜けた時、ガイが見た物はモンスターに荒らされた畑だった。ガイに気付いた大人達が駆け寄る。 「おーい、ガイがいたぞー!誰か来てくれー」
男に背負われガイは運ばれた。 「……あの……町は?モンスターは?皆は?」 少し間を置いて隣を歩いていた男が答えた。 「大型のモンスターの大群が深夜、町を、いや、畑を襲った。」 (深夜?じゃあ、モンスターは引き返して夜を待っていたのか?) 「お前が森に入って帰らないって言うから、昨日の夕方、森を数人で捜したが、森は死んだようだった。シンとして、動物もいなく、草木も酷いものだった」
それきり男は黙ってしまったので、ガイも口を開かなかった。 (オレは、どうなるんだ……どうすればいいんだ……) ……一週間後、トクサタウンは全ての住人が引越しを終えた……。
春愁 力こそが全てだった。力さえあれば失うものは何も無かった。あの頃はそう信じていた。そう、力だけではどうにも為らない事もわかってきた。それでも、俺は力が欲しかった。
トクサタウンを出てから一年半が過ぎた。
……あの時、モンスターに投げ飛ばされ木の上で一夜を過ごした時、母親がいなくなった朝の夢を見ていた。 (母さん、どうして……一人だけでも生きていけるなんて……いや、違う、一人だけなら生きていけるってどういう事?) ……一人だけなら生きていける、と、手紙に書いてあったのかどうかハッキリとは思い出せない。だが、どっちにしても自分が捨てられた事に変わりはない、もう二度と同じ思いはしたくなかった。
「よう、ガイ、また今日もバイトか?」 授業を終え、帰り支度をしているガイにクラスメイトが声をかけた。 「ああ、今月いっぱいは土方をやっている。……何か用か?ラキ」 ラキはちょっと声をひそめた。 「トビタウンで春祭りがあるだろう、今回は六十年祭らしくて、かなりの行商が出る。あの店も多い」
二人はそう言うと別々に帰っていった。 (明日は早起きして山に行くか) このバイトは結構お金になったし、ガイにとっても『力』をつける良い仕事だった。が、ロイスとメルには秘密にしていた。
寝る前にカーテンを開けて置くと、翌朝、夜明けとともに起きることが出来る。ガイは朝食は取らずに外に出た。まだ誰も起きていない。起きているのはガイと鳥達だけ……。 (母さんのいなくなった朝……もっと早く起きていれば止められたかもしれない……) もう、二年以上経ったのに後悔は消えない。 (母さんさえ止められたら、父さんまでいなくなる事はなかった) そう思ったのはいつの頃からだろう。 (この辺でいいな) 山の麓に広がる人もめったに近寄らない原生林で、ガイは茂みの影に身を潜め野イチゴが群生している辺りを見張る。 「今日はこれでいいか、学校もあるし……」 7匹ほど捕まえ、ラキの家・宿屋へ向かった。 「モンスターを持っているのは君か?」 その男はチラッと振り向き目配せする。 「悪いな、俺はお前を飼ってやれない……お前を可愛がってくれるヤツに飼って貰えよ」 そう言って手放す。一度捕まえたら捕まえた人間の言う事をきく素直な生物、それは人間を信頼しているのか、服従しているのか、ガイにはわからなかった。
「ガイ、うちの客喜んでたぜ、また今度も頼むってさ」 ラキが嬉しそうにカバンを持ってやって来た。 「紹介料、随分はずんでくれたみたいだなぁ、ラキ」
学校に着くまでラキは次々と客の話をしてくれた。ガイは適当に話に相槌をうっておく。ラキと、あまり親しくするつもりはない。だけど冷たくもしたくはない。 ……トクサタウンの友人とは全員、縁が切れてしまった。 (また、この町を出ればラキとも縁が切れるのだろうか……それならば、一線を引いた付き合いの方がいいのかもしれない……) トクサタウンを出るまでの数日、誰一人としてガイを責める者がいなかった。 (きっとアレスとロンは、俺が一人で森へ入った、と、嘘を言ったんだ。だから……まともに向き合う事が出来なかった。そして、俺を責めなかった大人達も、陰では俺のせいだと言っていたのかもしれない……) ぼんやりと考え事をしながら歩くガイに、ラキは顔を近づけ覗きこむ。 「朝の一仕事で居眠りなんてするなよ。今だって歩きながら眠っているみたいだ」
ガイは学校では優等生で通っていた。何の問題も起こさず、家には迷惑のかからないようにしていた。これまでの一年半、これからの約一年もそうだった……。
そしてこの町で三度目の春を迎える頃、ガイは中型のモンスターを捕まえられるようになっていた。 (いくら中型といっても、エスパー系とかは無理だな……この手でダメージを与える前にこっちがやられるだろう……まあ、この原生林にはいなかったけど……) 感慨深げに廻りを見渡す。ここに来るのは今日で最後にするつもりだからだ。だから今日はモンスターを捕まえる気はなく、ただ静かに別れを惜しんでいた。
「本当に、行ってしまうのだな」 玄関でロイスとメルが寂しそうに佇む。 「うん、もう義務教育も終りだし、ルリシティの道場は俺の事、特待生扱いしてくれるって言うし……」 「何もそんな遠い街じゃなくても……」 メルが涙ぐむ。 「学費がかからないし、バイトの許可もしてくれる。そこの師範に直接スカウトされたんだ、きっと立派にやってくるよ。……じゃ、今までありがとう」 あまり多いとは言えない荷物を背負ったガイは別れを告げる。 「さよなら、おじさん、おばさん」 ロイスの言葉にガイも涙ぐむ。 「ありがとう、本当に、俺……二人の事忘れない、きっと、絶対に……だから、一人前になるよ。それじゃ」 背中を向けるガイ。 「本当に、いつでも帰ってらっしゃい」 メルの声が届く、優しく、母の声のように……。 |
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