Force 2

  

 「お前がさっさと森の奥に消えてくれれば、オレもさっさと町へ帰れたんだがな……」

 一人森へ残ったガイが呟く。

 (オレが逃げれば、こいつも茂みの中のヤツも追いかけてくる)

 茂みの中で両目をギラつかせているヤツが唸っている。
 目だけは見えるが姿勢がわからないので大きさは予想できない。

 (仕方がない、こいつが帰るのを確認してからオレも帰るか)

 「さあ、オレももう帰りたい。お前も帰るんだ!」

 また、石を投げ始める。
 唸り声と石の両方に怯えまだ小さなモンスターは走り出した。
 その直後、茂みから大型のモンスターが現れた。
 体長二m以上の仁王立ちしたそれは、ちらっと小さなモンスターを見たが無視し、ガイの方へ近寄ってくる。

 (仲間ではないのか?敵でもないのか?……敵はオレか)

 恐竜に似たそれは明らかにガイに敵意を示していた。

 「動物……獣は正直だ、敵意も好意もハッキリしている。……来るなら来い!相手をしてやる」

 ガイは身構えた。力も体力も自信があった。

 (どうせこの恐竜もどきは力技しかないだろう。オレはこの半年でかなり鍛えたんだ!畑だって荷車引きだって引越しの手伝いだって大人以上にこなしたんだ!!)

 恐竜もどきは空を仰ぎ遠吠えをした。それは、攻撃の合図だった。
 突進してくるそいつの右前足が振り下ろされガイの体は沈んだ。が、次の瞬間、モンスターは宙を飛んでいた。
 相手の力を利用し巴投げの要領で投げ飛ばしたのだ。そしてそれは地面に叩き付けられた。

 「オレを馬鹿にするなよ……もう終りか?気絶でもしたか……」

 しばらく動かないそいつの傍に近寄った。どうやら顔から落ちたらしい、鼻の辺りから血が出ている。顔を覗いた時、急にそいつは目を開けガイに襲いかかった。

 「しまった……」

 野生のモンスターが投げられただけで気絶するわけがない。
 ガイが油断して近寄ってくるのを待っていたのだ。

 (こいつも馬鹿じゃないんだ……どのくらいの知能があるのか、な……)

 襟首を締め上げられ高く持ち上げられながら、そんな事を考えていた。
 足は必死にモンスターを蹴っていたが何のダメージも与えてはいなかった。
 息苦しさに力が少し抜けた時、モンスターは再び遠吠えをし、ガイを空高く放り上げた。

 (これで、終りだな……)

 地面に落ちる事を覚悟したガイだったが、彼は予想外の所へ落ちた。
 木のてっぺんより少し下、地上6・7メートルの所へ引っかかった。

 (この木は……葉が赤くなってない……緑のまま……そうか……神様に捧げる木だ……)

 体を何処かにぶつけていたらしく上手く動かない。頭も幹に少し打ち付けていた。ぼんやりしながら下を見る。さっき逃げて行った小さなモンスターは仲間らしき者と一緒にこちらを窺っている。

 (良かった……仲間の所に帰れて……)

 ガイと戦ったモンスターは、もう、戦意はないらしく草木を物色していた。が、口に運ぶがすぐ吐き出し、森の外、町の方へと歩いていった。
 時々立ち止まり遠吠えをする。まるで仲間を呼ぶように……。

 (だめだ……止めなきゃ……、いや、皆に、知らせな、い……と……)

 心と裏腹に体は動かず、彼の意識はだんだん遠くなり溶暗していった……。

  

 ガイが目を覚ましたのは翌朝だった。
 寝返りをうったとたん、何度か枝でバウンドしつつ、地面に落ちた。

 「……痛ってぇ……ここは……?」

 体の痛みに我に帰る。

 「まずい、町が襲われて……」

 慌てて走ろうとしたが転んでしまった。

 (足が、折れている……)

 傍に落ちていた木の枝を足に添え、ボロボロに破けた上着を脱ぎ足に巻きつけ歩き出した。

 (皆は無事なのか?町は?おばさんは?)

 何度も転びながら、やっとの思いで森を抜けた時、ガイが見た物はモンスターに荒らされた畑だった。ガイに気付いた大人達が駆け寄る。

 「おーい、ガイがいたぞー!誰か来てくれー」
 「何処にいたんだ?森を捜したんだぞ?まさか、ずっと奥の方にいたのか?」
 「話は後だ、早く医者の所へ、そしてロイスに連絡だ!!」

 男に背負われガイは運ばれた。

 「……あの……町は?モンスターは?皆は?」

 少し間を置いて隣を歩いていた男が答えた。

 「大型のモンスターの大群が深夜、町を、いや、畑を襲った。」

 (深夜?じゃあ、モンスターは引き返して夜を待っていたのか?)

 「お前が森に入って帰らないって言うから、昨日の夕方、森を数人で捜したが、森は死んだようだった。シンとして、動物もいなく、草木も酷いものだった」
 「オレ、モンスターに遭ったんだ、そして……」
 「ああ、よく無事だったな、無事で良かった。……だが、モンスターはまた畑を襲う。森には食べる物が殆どない……」
 「オレが、モンスターを怒らせた……」
 「違うな、ガイ、モンスターはお前なんか眼中にない、食べて生きていく事が一番大事なはずだ。人間もそうだ。このままでは食料を全て取られてしまう。……あとでまた聞かされると思うが、この町は終りだ、住民全てがよその町へ行く事になる。お前はロイスとよく相談しろ」

 それきり男は黙ってしまったので、ガイも口を開かなかった。

 (オレは、どうなるんだ……どうすればいいんだ……)

 ……一週間後、トクサタウンは全ての住人が引越しを終えた……。  

                         

春愁  

 力こそが全てだった。力さえあれば失うものは何も無かった。あの頃はそう信じていた。そう、力だけではどうにも為らない事もわかってきた。それでも、俺は力が欲しかった。

   

 トクサタウンを出てから一年半が過ぎた。
 ロイス夫婦とガイは、トクサタウンから徒歩で三日かかる距離の隣町――ロイスの子供達がいる街のすぐ近くの町――に、里親里子として住んでいる。
 ロイスは養子にするつもりだったが、ガイの両親は行方不明……簡単に養子縁組する事も出来ず、結局、この形に収まった。
 これが一番良いとガイは思っていた。いずれ来る別れの辛さが少しでも軽い方が良かった。実の親子でさえ、あんな離れ方だった。……もともと他人の自分がいつか捨てられるのでは……という不安が時折頭を過る。だからガイは早く一人前になって、早く強くなって、一人でも生きていけるようになりたかった。

  

 ……あの時、モンスターに投げ飛ばされ木の上で一夜を過ごした時、母親がいなくなった朝の夢を見ていた。

 (母さん、どうして……一人だけでも生きていけるなんて……いや、違う、一人だけなら生きていけるってどういう事?)

 ……一人だけなら生きていける、と、手紙に書いてあったのかどうかハッキリとは思い出せない。だが、どっちにしても自分が捨てられた事に変わりはない、もう二度と同じ思いはしたくなかった。

     

 「よう、ガイ、また今日もバイトか?」

 授業を終え、帰り支度をしているガイにクラスメイトが声をかけた。

 「ああ、今月いっぱいは土方をやっている。……何か用か?ラキ」

 ラキはちょっと声をひそめた。

 「トビタウンで春祭りがあるだろう、今回は六十年祭らしくて、かなりの行商が出る。あの店も多い」
 「ラキの所に泊まってるのか?」
 「うちの客に数人いるから、商品捕まえたら学校来る前にうちによれよ」
 「O・K、明日、行けたら行く」
 「了解」

 二人はそう言うと別々に帰っていった。
 ガイはバイト代の半分をロイスに渡していた。もう、畑はやっていないので家の手伝いはあまりしないかわりに、力仕事のバイトに励んでいた。そして、もう一つのバイトは買い手がいる時に行われた。

 (明日は早起きして山に行くか)

 このバイトは結構お金になったし、ガイにとっても『力』をつける良い仕事だった。が、ロイスとメルには秘密にしていた。
 ――『明日、朝早く起きて友達とバードウォッチングに行くから』――そう言えばロイスは黙って頷き、メルなど喜んでくれる。二人ともガイにはもっと遊んで欲しかった。同じ年頃の子供たちと同じように……。
 だが彼は『やりたい事をしているだけ、それがたまたまバイトだっただけ、土方でもパン屋でも力のつくことがやりたいんだ』と、言い、余計な事など考える暇もないくらい働いていた。

   

 寝る前にカーテンを開けて置くと、翌朝、夜明けとともに起きることが出来る。ガイは朝食は取らずに外に出た。まだ誰も起きていない。起きているのはガイと鳥達だけ……。
 早く起きた日は、何となく廻りを見廻してしまう癖がついていた。

 (母さんのいなくなった朝……もっと早く起きていれば止められたかもしれない……)

 もう、二年以上経ったのに後悔は消えない。
 たとえ母親を見つけ縋ったとしても止められなかっただろう、と、最近は思い始めていたが、それでもやはり、朝靄の中に人影をどうしても捜してしまう。

 (母さんさえ止められたら、父さんまでいなくなる事はなかった)

 そう思ったのはいつの頃からだろう。
 突然消えた母親とは違い、じわじわと遠くなり消えていった父親……。
 いくら考えても父親を止める方法が思い浮かばず“やはり、母さんさえ止められたら”に行きついてしまう。
 そして、もっと自分が働き手として力があったら、モンスターを追い払えるぐらい力があったら、そう思うと体を動かさずにはいられなかった。    

 (この辺でいいな)

 山の麓に広がる人もめったに近寄らない原生林で、ガイは茂みの影に身を潜め野イチゴが群生している辺りを見張る。
 まだ実をつける時期ではないが、その向こうに湧水がある。狙いはそこに来る小型のモンスターだ。
 来た。
 体長は30cmぐらい、まだ子供のようだ。狙いを定め手に持っていたカンシャク玉をそれの前後左右に続けて投げる。四方で立て続けに鳴る音に驚き動けなくなった所へ飛び出し、首の後ろを殴りつける。脳震盪を起こしふらついたそれを捕獲する。
 これを何度か場所を替えながら繰り返す。
 普通はこの様な方法では捕獲しない。たとえ小型とはいえ、モンスターを捕まえる時は自分の持っているモンスターで攻撃し、弱ったところを捕まえる。
 だがガイはモンスターを飼う余裕もなかったし、自分の力だけでやりたかった。そして、だんだん大きなモンスターに手をのばしていくつもりだった。

 「今日はこれでいいか、学校もあるし……」

 7匹ほど捕まえ、ラキの家・宿屋へ向かった。
 庭には朝食前の散歩という顔で客が数人いる。その中の一人がガイに近寄ってきて小声で囁く。

 「モンスターを持っているのは君か?」
 「さっき捕まえたやつなら……」
 「よし、ちょっと待っていろ」

 その男はチラッと振り向き目配せする。
 そして宿からほとんど見えない木陰に数人が集まり、セリの要領でモンスターが売られていく。
 ガイは売るときは必ずモンスターに声をかける。

 「悪いな、俺はお前を飼ってやれない……お前を可愛がってくれるヤツに飼って貰えよ」

 そう言って手放す。一度捕まえたら捕まえた人間の言う事をきく素直な生物、それは人間を信頼しているのか、服従しているのか、ガイにはわからなかった。

    

 「ガイ、うちの客喜んでたぜ、また今度も頼むってさ」

 ラキが嬉しそうにカバンを持ってやって来た。
 ガイも今、家からカバンを持って来たところだった。二人は並んで歩き学校へ向かう。

 「紹介料、随分はずんでくれたみたいだなぁ、ラキ」
 「まあね、俺とガイは利害関係が一致してるんだ、これからも仲良くやろうぜ」
 「そうだな」

 学校に着くまでラキは次々と客の話をしてくれた。ガイは適当に話に相槌をうっておく。ラキと、あまり親しくするつもりはない。だけど冷たくもしたくはない。 

 ……トクサタウンの友人とは全員、縁が切れてしまった。

 (また、この町を出ればラキとも縁が切れるのだろうか……それならば、一線を引いた付き合いの方がいいのかもしれない……)

 トクサタウンを出るまでの数日、誰一人としてガイを責める者がいなかった。
 森へ入った事も、モンスターと無謀な対峙をした事も、誰も何も言わなかった。ガイにとってそれはまるで自分自身の存在さえ無視されている様な気分だった。共犯者のアレスとロンも目が会うと気まずそうにして引越しの荷造りに忙しそうにする。何故、そんな風な態度をとるのか、その時は何が何だかわからなかった。

 (きっとアレスとロンは、俺が一人で森へ入った、と、嘘を言ったんだ。だから……まともに向き合う事が出来なかった。そして、俺を責めなかった大人達も、陰では俺のせいだと言っていたのかもしれない……)

 ぼんやりと考え事をしながら歩くガイに、ラキは顔を近づけ覗きこむ。

 「朝の一仕事で居眠りなんてするなよ。今だって歩きながら眠っているみたいだ」
 「居眠りなんてしない、これでも優等生やってるんだ」
 「そうだっけ?」
 「そうだよ」

 ガイは学校では優等生で通っていた。何の問題も起こさず、家には迷惑のかからないようにしていた。これまでの一年半、これからの約一年もそうだった……。  

 

 そしてこの町で三度目の春を迎える頃、ガイは中型のモンスターを捕まえられるようになっていた。

 (いくら中型といっても、エスパー系とかは無理だな……この手でダメージを与える前にこっちがやられるだろう……まあ、この原生林にはいなかったけど……)

 感慨深げに廻りを見渡す。ここに来るのは今日で最後にするつもりだからだ。だから今日はモンスターを捕まえる気はなく、ただ静かに別れを惜しんでいた。

     

 「本当に、行ってしまうのだな」

 玄関でロイスとメルが寂しそうに佇む。

 「うん、もう義務教育も終りだし、ルリシティの道場は俺の事、特待生扱いしてくれるって言うし……」

 「何もそんな遠い街じゃなくても……」

 メルが涙ぐむ。

 「学費がかからないし、バイトの許可もしてくれる。そこの師範に直接スカウトされたんだ、きっと立派にやってくるよ。……じゃ、今までありがとう」

 あまり多いとは言えない荷物を背負ったガイは別れを告げる。
 ルリシティまでは歩いて一週間かかる。もう二度と帰ってくる事はないだろう、と、ガイは思った。

 「さよなら、おじさん、おばさん」
 「ガイ、いつでも帰って来ていいんだぞ。ここはお前の家だ」

 ロイスの言葉にガイも涙ぐむ。

 「ありがとう、本当に、俺……二人の事忘れない、きっと、絶対に……だから、一人前になるよ。それじゃ」

 背中を向けるガイ。

 「本当に、いつでも帰ってらっしゃい」

 メルの声が届く、優しく、母の声のように……。
 ガイは黙って振り向き笑顔を見せる。
 その頬には涙が光っていた。           

――続く――   

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