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トクサタウン 力こそが全てだった。力さえあれば失うものは何も無かった。あの頃はそう信じていた。
荒れ果てた土地にやっと緑が戻り、穏やかな春、時折夕立の恵みを受ける夏をへて、実りの秋を迎えようとしていた。 小さな町トクサタウンでは昨年の冷夏・風水害の為多くの家が離農し、大きな街へ出ていった。出稼ぎをする者もいたが、大半は二度とこの地へ帰ってくるつもりはなかった。もともとあまり肥沃な土地ではなかったところへ長雨続きの年があり、翌年は日照り、その翌年は冷夏・風水害……。農業は直接被害を受けた。 そして町全体は間接的な被害を受けていた。人間だけが食物摂取しているわけではない、森や山にはまだ、ここ数年の自然災害の影響が残っていた。 それでも、町に残った初老の夫婦がいた。年金生活をしながら小さな畑で自分達が食べていけるぐらいの作物を作っていた。 「もうそろそろ上がったら?ガイ」 ガイと呼ばれた少年は日に焼けた顔を上げ、土にまみれた手をズボンで拭いて畑から出て来た。 「うん、もうこんなに太陽が低くなっている。オレ、もう帰ります、おばさん」 さっさと帰ろうとするガイを、おばさんと呼ばれたメルは引き止めた。 「よかったら晩御飯、食べていったら?」 そう言って、ガイは走りだした。すぐに向かいの小さな家につき、カギのかかっていないドアを開け飛び込んだ。カギをかけなくてもドロボウなんて入るわけはない。入ったとしても取る物など何もない、ガランとした誰もいない家……それがガイの家だった。 「なんだ、もうガイは帰ったのか?」 遅れて畑から出て来たメルの夫・ロイスは、ガイの家の方を眺めた。 「晩御飯に誘ったんだけどねぇ」 山の向こうを見上げたロイスにつられメルも同じ方を見上げた。 「うちの子になってもいいのよって言った時、あの子、何て言ったと思う? しばらく二人は無言で空を見つめていたが、遠くで何かが鳴く声がして慌てて家に入った。
ガイは一人で暮らすようになって半年以上になる。 だが、家族三人が食べていけるほどの収入はなく、ひとつ、またひとつと家財を売っていくしかなかった。 それは、ある冬の夜だった。家の外で物音がした。父親は不信に思ったが外を見る気はなかった。仕方ないという風に母親が立ちあがり、そっとドアを開けた。 そこには招かねざる客がいた。 翌朝、ガイが起きた時には母親はもういなかった。父親はまだ寝ていたので、置手紙を見つけたのは彼だった。書きなぐったような文字は、もう我慢が出来ない事、自分一人だけでも生きていける事を綴っていた。その場に呆然と立ったまま、ガイは手紙を見つめていた。 (そういえば、毎晩、言い争う声がしていた、いや、母さんだけの声しか聞こえなかった) 今まで気にとめていなかった事が全てつながってくる。 (遊び仲間が越していった……家具も減っていった……森へは入るなと誰かが言った……そして、母さんがいなくなった……) 思い出したように外に飛び出したが、母親がいるはずもなく、ただ、冷たい風に柳の木が揺れているだけだった。 ……そして冬の終り……売る物の無くなったガイの家は、父親が出稼ぎに出るしかなかった……。 全て、冷夏のせいだと、ガイは思っていた。それだけが原因でない事がわかるのは、もっと大人になってからだった……。
翌朝、ガイは夜明けとともに目が覚めた。 (まただ……こんなに早く起きたって仕方がないのに) 寝直すと学校に遅刻してしまう。そう思い、布団から出る事にした。何となく気になって外を見たが誰もいるはずはなかった。 「オレも未練がましいな、まだ子供だからしょうがないか」 独り言を言いつつ顔を洗い、朝食を済ませ、洗濯を始める。 「いつもおばさんにやらせるのも悪いよな、だいたいオレが何かやらかせば、まわりに、親のいないせいにされるからなぁ。遅刻も居眠りもイタズラも出来やしない」 父親からは最近、連絡も仕送りも途絶えていた。ガイはその事を誰にも言わないでいた。最初のうち届いていた金はまだ残っていたからしばらくは大丈夫だが、問題はこれから来る冬だ。 「本当に、おばさんの子になった方がいいかも……でも……」 ガイの洗濯する手が止まる。 「また、辛い思いをするのはイヤだ」 (血のつながった両親でさえ、オレを置いていった。何の疑いもなく父さんがいて母さんがいるのが当たり前だった。父さんはよく遊んでくれた。畑仕事をほったらかしで2人で釣りに行った。勿論、母さんに、こっ酷く叱られた。それでも母さんはオレの摘んできた野の花を喜んでくれた) 「おばさんは他人だ、そのうち、オレの事がキライになったりしたら……」 一日中良い子なんてやっていられない、今はこの生活――時々手伝う程度――が限界だ。ガイはさっさと洗濯物を外に干すと雨が降らない事を祈り、ひと仕事して少し感じた空腹をいやすべくトマトを一個カゴから取り、学校へ向かった。
休み時間、一人の子供の周りに人垣が出来ていた。ガイも何となくその中に混ざっていたが、心は半分上の空だった。 「でさ、おやじったらこいつを捨てて来いって言うんだ」 中心になっている子供がそう言い、服の中に隠していた小さな生き物を出した。それにガイの関心も向いた。 「餌代がかかるから捨てろだなんて酷いよなぁ」 そう言ったが誰も返事をせず顔を見合わせている。自分達が食べていくのが精一杯なのは誰もが同じだ。それを実感していないのはその子供だけだった。 (一年前のオレもそうだったな、町全体が厳しい状態だって気が付かなかった) 人垣の中で誰かが少し控えめに話しだした。 「それ、捨てた方が良いよ、野生のモンスターだろ?」 そう言ったのはガイだった。一斉に視線が集まる。放課後の付き合いが多少悪くなっても、彼がリーダー的存在なのは変わらなかった。 「いなかったと思う」 モンスターを抱いた子はちょっと青ざめた顔で答える。 「こいつ、道端に一人でいたんだ、だから、オレ……なあ、どうやって、どうやって捨てればいいんだ?こんなに、なついているのに森の入り口に置いてもすぐ戻ってついて来ちまうよ!」 誰も口を開かず、ガイを見つめていた。彼が何と答えるのか息を詰めて待っている。 「捨てるのはダメだ。そいつは森へ、仲間の所へ帰すんだ」
皆、息を呑んだ。冬に何度か山狩りがあった。町へ下りて来て食料を探し、うろついた大型のモンスターがいたからだ。幸い、山狩りで追われたモンスターは森の奥深くへ入り戻ってこなかった。町にも食料がない事がわかったからなのか、人間を恐れたのかは、わからない。 「小型のたいした力のないヤツなら、何か悪い事をしても石をぶつけられて森に追いたてられるぐらいだろう。だけど、そいつはいずれ、大きくなる。放し飼いなんて出来ない。ちゃんと飼ってやれないなら、森へ帰すしかない」
ガイの言う通り、服の中にずっと隠していた。もし、今、大人達に見つかれば捨てるより酷い事が待っているかもしれない……そう思うとその子供はついに泣き出してしまった。 「ちょっとガイ、泣いちゃったじゃないのよ。そんなに言うならあんたが捨ててくればいいのよ!」 それまで黙って見ていた女の子が啖呵を切った。 「わかったよ、オレが森へ行く。けどな、帰しに行くんだ。いいか!捨てに行くんじゃない!帰すんだ!!」 大声を出したガイに女の子は口を噤んだ。ガイは泣いている子に向き直り静かに声をかけた。 「放課後まで大事に隠していろ、わかったな?あとはオレに任せろ」
森の入り口までは沢山の子供達で連れ立ってやって来た。時々、大人達は何事かと目をとめたが、あまり陽気でない顔色を見るとちょっと眉を寄せるだけで黙って行ってしまう。これが、今にも何かしでかしそうな嬉々とした顔だったらすぐに隠している物を取り上げられたかもしれない。 入り口の手前でガイはモンスターを預かった。 「ここから先はオレだけでいい。こっそり行って、こっそり帰って来る」 ガイに負けず劣らずの元気のある、アレスとロンも行くつもりだ。 「お前ら……」 そう言って二人はどんどん入っていった。ガイはその後に続いた。残りの子供達には帰るように言ったが、数人は残り、ガイ達三人が戻るのを待つ事にした。勿論、モンスターを連れていた子供も残っていた。 「お前ら、後で叱られたって知らないぞ。アレスのおじさんって怒るとスゴイ怖いって……」
それっきり三人は無言で足を進めた。森の中では何処に何がいるかわからない。強暴なヤツが隠れているかもしれない。 ガイ、アレス、ロン、三人とも別のグループのリーダー格だった。 「……おい、森って、こんなふうだったか?」 ロンの声に二人は辺りを見まわした。 「まだ、枯れるには早いはずなのに、葉っぱが赤っぽくなっている……」
木だけではなく、草もシダ類もなんとなく赤っぽい変な色をしている。 「これって、まだ冷夏だか冷害の影響が残ってるって事?」
なんとなくイヤな気分になった三人はそろそろ帰る事にした。 「で、こいつ、ここに置いてもついて来ないかな?」 (それで、上手くいくのか?) 人間の臭いが染みついたモンスターが仲間の元に帰れるのか不安だったが、こうするしかないだろうとガイは思った。 「おい、お前、仲間の所へ行け。オレ達のあとをついて来るなよ」 そう言い残して立ち去る。が、やはりついて来ようとする。 「来るなって言ってるだろ!」 ガイが石を投げる。小さなモンスターはピクッとしただけで、まだ、ついて来ようとする。 「帰れよ」 また、ガイが石を投げる。アレスとロンは黙って見ていた。 (ガイは、意地でもこいつを帰すつもりだ)
ここはガイの気の済むまでさせてやろうと二人は思った。が、その時、何処からか、低い唸り声が聞こえた。 「まずいよ、ガイ」 ガイのその声に二人は踵を帰した。 走って走って走りぬく。足がガクガクしてくる。だが、ずっと下り坂が続く。ここで立ち止まったら危ない。早く、もっと早く、走って、走って……。 森の入り口、いや、出口が見え、待っている子供達が見えた。走ってくるアレス達を見てビックリはしているが怯えてはいない。 「ガイはどうしたんだ?一緒じゃないのか?」 仰向けに地面にのびていたアレスは飛び起き、ロンと二人森を振り返った。 |
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