Force 1

ロケット団ボス・サカキの少年時代の話です。
主人公・ガイが、サカキです。
この作品自体は古く、某所にも投稿した物です。
  

   

トクサタウン

 力こそが全てだった。力さえあれば失うものは何も無かった。あの頃はそう信じていた。  

   

 荒れ果てた土地にやっと緑が戻り、穏やかな春、時折夕立の恵みを受ける夏をへて、実りの秋を迎えようとしていた。

 小さな町トクサタウンでは昨年の冷夏・風水害の為多くの家が離農し、大きな街へ出ていった。出稼ぎをする者もいたが、大半は二度とこの地へ帰ってくるつもりはなかった。もともとあまり肥沃な土地ではなかったところへ長雨続きの年があり、翌年は日照り、その翌年は冷夏・風水害……。農業は直接被害を受けた。

 そして町全体は間接的な被害を受けていた。人間だけが食物摂取しているわけではない、森や山にはまだ、ここ数年の自然災害の影響が残っていた。

 それでも、町に残った初老の夫婦がいた。年金生活をしながら小さな畑で自分達が食べていけるぐらいの作物を作っていた。
 子供達は十年以上前に独立して隣街に住んでいる。
 昨年は何度も一緒に暮らそうと言われたが、いまさら長年住んでいた土地を離れるつもりはなかった。
 それに今は、畑を手伝ってくれる小さな働き手がいた。

 「もうそろそろ上がったら?ガイ」

 ガイと呼ばれた少年は日に焼けた顔を上げ、土にまみれた手をズボンで拭いて畑から出て来た。

 「うん、もうこんなに太陽が低くなっている。オレ、もう帰ります、おばさん」

 さっさと帰ろうとするガイを、おばさんと呼ばれたメルは引き止めた。

 「よかったら晩御飯、食べていったら?」
 「大丈夫だよ、一人でも平気だよ、昨日貰った野菜も沢山あるし……じゃ、また明日」

 そう言って、ガイは走りだした。すぐに向かいの小さな家につき、カギのかかっていないドアを開け飛び込んだ。カギをかけなくてもドロボウなんて入るわけはない。入ったとしても取る物など何もない、ガランとした誰もいない家……それがガイの家だった。
 それでもガイは夜の侵入者を警戒してドアにつっかえ棒をした。
 人間以外のドロボウなら、夜にやって来るから……。

 「なんだ、もうガイは帰ったのか?」

 遅れて畑から出て来たメルの夫・ロイスは、ガイの家の方を眺めた。

 「晩御飯に誘ったんだけどねぇ」
 「あいつはあいつなりに生きているんだ、無理強いすることはない、が、まだまだ一人で生活していけるわけじゃない……。冬が来る前に、あいつの親父さんが帰って来ればいいんだが……」

 山の向こうを見上げたロイスにつられメルも同じ方を見上げた。

 「うちの子になってもいいのよって言った時、あの子、何て言ったと思う?
 『オレ、良い子じゃないっておばさん知っているでしょう?時々野菜くれたり、掃除してくれたりするから畑仕事手伝っているけど、おばさんの子になっちゃったら手伝いもしないで遊んでばっかりで、イタズラばっかりしてるガイに戻っちゃうよ』ですって」
 「この辺の悪ガキどもの親分みたいだったからな……だが、ほとんど越していってしまった……」

 しばらく二人は無言で空を見つめていたが、遠くで何かが鳴く声がして慌てて家に入った。

   

 ガイは一人で暮らすようになって半年以上になる。
 それは昨年の冷夏が引き金となって起きた。畑は壊滅だった。一家は母親の副業に頼るしかなかった。母親は近隣の街から冠婚葬祭用の服にビーズを縫い付けたり刺繍をしたりする仕事を貰い、家で仕上げていた。

 だが、家族三人が食べていけるほどの収入はなく、ひとつ、またひとつと家財を売っていくしかなかった。
 父親は出稼ぎに行くわけでもなく、ただボンヤリと時を過ごしていた。
 『また、来年の春には畑をやれるだろう』と、呑気にかまえていた。
 ガイもあまり危機感がなかったのはそんな父親のせいだった。

 それは、ある冬の夜だった。家の外で物音がした。父親は不信に思ったが外を見る気はなかった。仕方ないという風に母親が立ちあがり、そっとドアを開けた。

 そこには招かねざる客がいた。
 暗闇に動くそれは2m近くあった。人間以外の生き物、そいつが森に食料がなくなり町に下りて来たのだ。唸り声を上げ、ゆっくりとそれは近づいて来る。まだ明りの届かない所にいるのでよく見えない分、恐怖が増しガイも父親も一歩も動くことが出来なかった。母親も同じだった、が、枯れ枝が踏みつけられた音に我に返り、ガイの道具箱をぶちまけ爆竹を手に取り、投げた。
 爆竹はそれに届かず足下で爆発し、その爆音と火薬の臭いにそれは森へと引き返していった……。

 翌朝、ガイが起きた時には母親はもういなかった。父親はまだ寝ていたので、置手紙を見つけたのは彼だった。書きなぐったような文字は、もう我慢が出来ない事、自分一人だけでも生きていける事を綴っていた。その場に呆然と立ったまま、ガイは手紙を見つめていた。

 (そういえば、毎晩、言い争う声がしていた、いや、母さんだけの声しか聞こえなかった)

 今まで気にとめていなかった事が全てつながってくる。

 (遊び仲間が越していった……家具も減っていった……森へは入るなと誰かが言った……そして、母さんがいなくなった……)

 思い出したように外に飛び出したが、母親がいるはずもなく、ただ、冷たい風に柳の木が揺れているだけだった。

 ……そして冬の終り……売る物の無くなったガイの家は、父親が出稼ぎに出るしかなかった……。

 全て、冷夏のせいだと、ガイは思っていた。それだけが原因でない事がわかるのは、もっと大人になってからだった……。

   

 翌朝、ガイは夜明けとともに目が覚めた。

 (まただ……こんなに早く起きたって仕方がないのに)

 寝直すと学校に遅刻してしまう。そう思い、布団から出る事にした。何となく気になって外を見たが誰もいるはずはなかった。

 「オレも未練がましいな、まだ子供だからしょうがないか」

 独り言を言いつつ顔を洗い、朝食を済ませ、洗濯を始める。

 「いつもおばさんにやらせるのも悪いよな、だいたいオレが何かやらかせば、まわりに、親のいないせいにされるからなぁ。遅刻も居眠りもイタズラも出来やしない」

 父親からは最近、連絡も仕送りも途絶えていた。ガイはその事を誰にも言わないでいた。最初のうち届いていた金はまだ残っていたからしばらくは大丈夫だが、問題はこれから来る冬だ。

 「本当に、おばさんの子になった方がいいかも……でも……」

 ガイの洗濯する手が止まる。

 「また、辛い思いをするのはイヤだ」

 (血のつながった両親でさえ、オレを置いていった。何の疑いもなく父さんがいて母さんがいるのが当たり前だった。父さんはよく遊んでくれた。畑仕事をほったらかしで2人で釣りに行った。勿論、母さんに、こっ酷く叱られた。それでも母さんはオレの摘んできた野の花を喜んでくれた)

 「おばさんは他人だ、そのうち、オレの事がキライになったりしたら……」

 一日中良い子なんてやっていられない、今はこの生活――時々手伝う程度――が限界だ。ガイはさっさと洗濯物を外に干すと雨が降らない事を祈り、ひと仕事して少し感じた空腹をいやすべくトマトを一個カゴから取り、学校へ向かった。

     

 休み時間、一人の子供の周りに人垣が出来ていた。ガイも何となくその中に混ざっていたが、心は半分上の空だった。

 「でさ、おやじったらこいつを捨てて来いって言うんだ」

 中心になっている子供がそう言い、服の中に隠していた小さな生き物を出した。それにガイの関心も向いた。

 「餌代がかかるから捨てろだなんて酷いよなぁ」

 そう言ったが誰も返事をせず顔を見合わせている。自分達が食べていくのが精一杯なのは誰もが同じだ。それを実感していないのはその子供だけだった。

 (一年前のオレもそうだったな、町全体が厳しい状態だって気が付かなかった)

 人垣の中で誰かが少し控えめに話しだした。

 「それ、捨てた方が良いよ、野生のモンスターだろ?」
 「でも、こいつ、大人しいし、オレになついている!一度捕まえちまえばモンスターは、捕まえた人間の言う事何でもきくんだ!」
 「捕まえた時、そいつの仲間はいなかったのか?」

 そう言ったのはガイだった。一斉に視線が集まる。放課後の付き合いが多少悪くなっても、彼がリーダー的存在なのは変わらなかった。

 「いなかったと思う」
 「だろうな……もしいたら、取り返そうとして大変な事になったかもな」 

 モンスターを抱いた子はちょっと青ざめた顔で答える。

 「こいつ、道端に一人でいたんだ、だから、オレ……なあ、どうやって、どうやって捨てればいいんだ?こんなに、なついているのに森の入り口に置いてもすぐ戻ってついて来ちまうよ!」

 誰も口を開かず、ガイを見つめていた。彼が何と答えるのか息を詰めて待っている。

 「捨てるのはダメだ。そいつは森へ、仲間の所へ帰すんだ」
 「森の中は危ないからダメだって……」
 「行くしかないだろう?町の近くに捨てて、戻ってきて何か悪い事すればそいつはどうなるんだ!?」

 皆、息を呑んだ。冬に何度か山狩りがあった。町へ下りて来て食料を探し、うろついた大型のモンスターがいたからだ。幸い、山狩りで追われたモンスターは森の奥深くへ入り戻ってこなかった。町にも食料がない事がわかったからなのか、人間を恐れたのかは、わからない。
 ガイは言葉を続けた。

 「小型のたいした力のないヤツなら、何か悪い事をしても石をぶつけられて森に追いたてられるぐらいだろう。だけど、そいつはいずれ、大きくなる。放し飼いなんて出来ない。ちゃんと飼ってやれないなら、森へ帰すしかない」
 「おやじは、大きくなるなんて言わなかった。ただ、捨てろって……」
 「よく見せたのか?さっきみたいに服の中に隠していたんじゃないのか?」
 「う……」

 ガイの言う通り、服の中にずっと隠していた。もし、今、大人達に見つかれば捨てるより酷い事が待っているかもしれない……そう思うとその子供はついに泣き出してしまった。

 「ちょっとガイ、泣いちゃったじゃないのよ。そんなに言うならあんたが捨ててくればいいのよ!」

 それまで黙って見ていた女の子が啖呵を切った。

 「わかったよ、オレが森へ行く。けどな、帰しに行くんだ。いいか!捨てに行くんじゃない!帰すんだ!!」

 大声を出したガイに女の子は口を噤んだ。ガイは泣いている子に向き直り静かに声をかけた。

 「放課後まで大事に隠していろ、わかったな?あとはオレに任せろ」

   

 森の入り口までは沢山の子供達で連れ立ってやって来た。時々、大人達は何事かと目をとめたが、あまり陽気でない顔色を見るとちょっと眉を寄せるだけで黙って行ってしまう。これが、今にも何かしでかしそうな嬉々とした顔だったらすぐに隠している物を取り上げられたかもしれない。

 入り口の手前でガイはモンスターを預かった。

 「ここから先はオレだけでいい。こっそり行って、こっそり帰って来る」
 「何言ってるんだよ、ボクも行くよ」
 「俺もだ」

 ガイに負けず劣らずの元気のある、アレスとロンも行くつもりだ。

 「お前ら……」
 「ガイだけにいいカッコさせとくわけにはいかない」
 「今年はまだ森に誰も入ってないはず、俺が一番最初に入ってやる」

 そう言って二人はどんどん入っていった。ガイはその後に続いた。残りの子供達には帰るように言ったが、数人は残り、ガイ達三人が戻るのを待つ事にした。勿論、モンスターを連れていた子供も残っていた。

 「お前ら、後で叱られたって知らないぞ。アレスのおじさんって怒るとスゴイ怖いって……」
 「何言ってんだよ、ガイ、叱られるのはお前も一緒だ」
 「そうそう、ボクの父さんは悪い事した子供全員に怖いんだ」
 「だからアレスと組んでイタズラはしなかったのに……」
 「そう言うなって、遊ぶメンツが少なくなってんだ、たまには俺達に付き合えよ、ガイ」
 「この三人が一緒って今までなかったよね……」
 「そうだな……」

 それっきり三人は無言で足を進めた。森の中では何処に何がいるかわからない。強暴なヤツが隠れているかもしれない。

 ガイ、アレス、ロン、三人とも別のグループのリーダー格だった。
 その中でもガイは、リーダー同士のまとめ役のようなものだった。言う事にスジが通っていて、やる事はやる、やる時はやる、そのへんは母親似の性格だった。

 「……おい、森って、こんなふうだったか?」

 ロンの声に二人は辺りを見まわした。

 「まだ、枯れるには早いはずなのに、葉っぱが赤っぽくなっている……」
 「……葉っぱがない木もある……病気か?」

 木だけではなく、草もシダ類もなんとなく赤っぽい変な色をしている。
 花も少ない。

 「これって、まだ冷夏だか冷害の影響が残ってるって事?」
 「ここの動物やモンスター達は何食べてんだ?俺ならこんな草食べたくない」  「ボクもだよ」

 なんとなくイヤな気分になった三人はそろそろ帰る事にした。

 「で、こいつ、ここに置いてもついて来ないかな?」
 「少し離れて、ついて来るなら石を投げる」
 「酷いよ、ガイ、そんなこと……」
 「ぶつけないで手前に投げる。ついて来ないで森の奥へ逃げていくようにする」

 (それで、上手くいくのか?)

 人間の臭いが染みついたモンスターが仲間の元に帰れるのか不安だったが、こうするしかないだろうとガイは思った。

 「おい、お前、仲間の所へ行け。オレ達のあとをついて来るなよ」

 そう言い残して立ち去る。が、やはりついて来ようとする。

 「来るなって言ってるだろ!」

 ガイが石を投げる。小さなモンスターはピクッとしただけで、まだ、ついて来ようとする。

 「帰れよ」

 また、ガイが石を投げる。アレスとロンは黙って見ていた。

 (ガイは、意地でもこいつを帰すつもりだ)
 (捨てるんじゃなく、帰す事にこだわっている)

 ここはガイの気の済むまでさせてやろうと二人は思った。が、その時、何処からか、低い唸り声が聞こえた。

 「まずいよ、ガイ」
 「マジでヤバイ感じだ」
 「二人とも戻るぞ!振り向かないで走れ!!一気に森から出るんだ!!」

 ガイのその声に二人は踵を帰した。

 走って走って走りぬく。足がガクガクしてくる。だが、ずっと下り坂が続く。ここで立ち止まったら危ない。早く、もっと早く、走って、走って……。

 森の入り口、いや、出口が見え、待っている子供達が見えた。走ってくるアレス達を見てビックリはしているが怯えてはいない。
 モンスターは追って来なかったのか?……。息も絶え絶えにへたり込んだロンに誰かが訊いた。

 「ガイはどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

 仰向けに地面にのびていたアレスは飛び起き、ロンと二人森を振り返った。

――続く――   

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