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凍れた太陽〜シバレタタイヨウ

映画『river』の登場人物・九重達也。
九重の日記を yさんが投稿して下さいました。

*注意*
映画『river』を、これから見る人は、
ネタバレなので読まないほうが良いです。
御了承下さい。

 
 九重達也。
 おれは九重だ。
 「サムタイム」の経営者であるが、元スキージャンプのオリンピック代表候補選手だ。
 中学から始めたジャンプは辛くもあったが、楽しかった。
 そう。誰も飛んだことのない距離まで飛ぶんだ。
 記録が出来上がってゆくのは、誰にもわからないだろう快感を得られる。
 自分だけのものだ。
 その為の辛い練習などなんてこともない。
 表彰台の一番高いところで、一番光っているメダルを手に世界中が俺を祝福してくれ るんだ。
 こんな快感が他にあるだろうか・・

 一体、俺はここで何をしている・・・
 事故に遭い、オリンピックどころではなくなり、自分の最低の生活基準を守るためだけにここで生きている。
 いや生きていると言えるのだろうか。言えないな。
 九重はどこにいるのだろう・・

 病院で目が覚めたときは、足は全く動かなかった。
 自分で自分の身体を、理解できなかった。信じられなかった。
 絶望の中オリンピックが行われ、日本は団体2位だった。
 俺が飛んでいれば・・・俺がラージに出ていたら・・・ノルウェーなど敵ではなかった・・・
 いや何を言っても負け犬の遠吠えだ。仕方ないのか。
 悔しさと、悲しさと、憤りと、絶望。すべてが自分の中で生まれ死んでいった。
 しかし、自殺を考えぬいた自分の中にはまだちゃんと、九重が生きていた。
 「まだやれる」と思っている九重が・・・
 考えが自分の頭の中で堂々巡りし、結局元に戻る。
 「生きてゆくんだ。まだやれる。おれは九重だ。」

 リハビリが始まり、ジャンプの練習の比較ではない辛さと、惨めさを味わいながらも、  この先にきっとなにかがあるような漠然とした感覚があった。
 自分の中にいる九重は一体どれだけの自信があるのだろう。
 本人はへばって、へばって自信のかけらもないというのに・・
 どこかでへばるのを許さない九重がいる。

 日本スキー連盟の関係者がやってきた。
 退院したらコーチをしないかと言う。
 笑わすな。選手だったときから知っている。
 コーチなど選手にとってマネージャー同然だ。
 選手自身がトレーニングメニューを研究して、実践していく上での「てこ」だ。
 それに「任命」されるとは俺もなめれらたものだ。当然会社は解雇になった。

 自分が生きていく為の最低限の金を捻出するため、脚を引きずり「もぐら」のような生 活だ。
 太陽に当たると溶けるのではないか・・・
 ましてや、冬のしばれた冷えた日の太陽・・
 ジャンプをしていた時はあの太陽に向かって飛んでいた。
 しかし、今は太陽をあびると九重がくっきり浮かび上がり、おれは生きていけなくなる 気がする。

 今日が何日で何年でなど、どうでも良い日々が続いていた。
 事故から何年経ったんだ。
 どうでもいいか。

 今日は珍客がきた。
 小学校の同級生「横井」だった。
 ほんの少しだけの同級生。
 しかし、少しだけ友人だった。
 あの小さい町の少ない生徒のなかでいじめがあった。
 記憶は、ぼんやりと鮮明に、感覚としては残っている。
 俺もいじめにあっていた。
 しかし横井がきたころから矛先が横井になり、俺に注目がこなくなった。

 懐かしそうに昔の話をひとしきりして、帰っていった。
 変わったやつだな。なんでそんなに無邪気に昔のことを話せるんだ。
 俺は思い出したくもない。
 もう昔のことだ。そんなことより・・・・・

 あれから横井はちょくちょく現れる。
 製薬会社の課長だ。
 そうか・・普通に大学でて、努めていればそのくらいか・・・
 まぁ横井はエリート街道一直線だったのだろう。
 たまに部下も連れてきては飲んで帰ってゆく。

 横井はクスリの売買をしている。
 売人らしき男と1分でたらずで・・
 まぁ、やばいクスリだろうが俺がやる訳じゃない。
 そんなことよりも・・・・・

 横井がある計画に乗ってくれたらアメリカ専門医を紹介するといってきた。
 他には小学の時一緒だった2人。佐々木と藤沢だ。
 懐かしいも何も感情は無い。
 そんだけ危ない橋を渡るんだ。
 それだけのことはあるんだろう。
 九重が元気になっているのがわかる。
 やばいと思うがこれはチャンスだ。
 また飛べるんだ。また俺だけの快感を味わうんだな。

 一体おれは今どこにいるんだ。
 そうか。学校だ。クスリを盗んで、横井に渡すために・・・

 横井が俺を撃ったんだ。

 俺はだまされたのか・・・
 体中に銃弾がめり込んでいる。
 もう意識がなくなるのも時間の問題だ。
 あぁやっと楽になれるのか・・・
 このまま意識を失い出血多量で死ぬんだ・・・

 なんだ  結局おれは九重に戻れなかったのか・・
 もう痛いとか苦しいとかの感覚すら無くなっている。

 思い出すのは、冬。
 ジャンプ台の上からみた光景。
 しばれた太陽をあびて息を大きく吸い込むとせき込んだ。

 おれはまだやれる。
 おれはまだとべる。
 おれは九重だ。

終り

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