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書かなかった日記

映画『river』の登場人物・横井茂。
彼は本当は何をしたかったのか。
何を思って生きてきたのか。
きっと横井は日記なんて書いていないだろう。
書いていたしても当たり障りのない事しか書いていないだろう。
横井を凶悪に、けれども、愛しい人物として、掘り下げてみた。
その人物像を、『横井の日記』風に、ここに記す。

*注意*
かなり長い文章になっています。
映画『river』を、これから見る人、は読まないほうが良いです。
物語のネタバレだけではなく、偏った先入観に囚われるかもしれません。
彼の行動を正当化しているわけでも、弁護しているわけでもありません。
 犯罪は犯罪、罪は罪、法治国民は法に従うべきです。
一人称が切り替わるのは意図的です。
以上、御了承下さい。
御了承できなければ、申し訳ありませんがお帰り下さい。ゴメンナサイ。

 
1998年○月×日 晴天

 もうすぐ結婚式だ。そう、普通なら、もっと気分が高まるのだろう。
 俺は、どうしても、気が重い。
 原因の1つは、この頭痛だ。
 もうすぐ、もうすぐ、幸せを手に入れるはずなのに、この頭痛が忌々しい。


1998年○月×日 曇天

 相変わらず頭痛が酷い。彼女が何かを言っている。ちゃんと聞かなくては。
 あまり無理をしないで、と言っている。
 結婚前に、片付けておかなくては、と、俺は言った。
 彼女は、仕事のことを言っているのだろう。
 だが、俺の片付けたいのは、仕事だけじゃない。
 そうだ。この気持ちは、この頭痛は、いつか決着をつけなくては・・・。


1998年○月×日 快晴

 今までに無いほど激しい頭痛に襲われた。
 ココノエタツヤ。
 テレビの中から聞こえる。
 ココノエ・・・オリンピックダイヒョウ、マチガイナシ・・・。
 頭痛の原因の1つを、俺は見つけた。
 俺がこんなに苦しんでいるのに、九重達也は幸せの絶頂にいるのか?
 いや、俺だって、幸せの絶頂にいるはずなのに・・・。

 この頭痛を消さなくては、俺は幸せになれない・・・。


1998年○月×日 晴天・月の回りに輪?

 寒い夜だった。俺は頭痛を抱えたまま、車を走らせた。
 俺の車は、夕方、会社近くの月極駐車場で柱にぶつけた。
 バンパーがへこんでいる。
 明日、修理屋が車を取りに来る予定だ。早く直して欲しい。
 いた。九重だ。
 俺の憎む、僕の愛する友、だ。
 俺は何をするつもりなのだろう?
 ああ、彼は、何がそんなに楽しいのだろう?
 何故、そんなに充実した顔をしているのだろう?
 憎しみと傷みが、倍増する。
 信号が赤だ。俺の足はブレーキにいかない。
 止まらない俺の車に、彼は気が付かず、横断歩道を渡り始める。
 だめだ!九重は、彼は、僕の友達だ!!

 僕は、急ブレーキを踏んだ。
 車に、軽い衝撃があった。
 きっと、鹿を撥ねたら、もっと凄い衝撃だろうと、何故か思った。

 俺は、その様子を、スローモーションの様に見た。
 驚いた表情の九重。
 思ったほど、強く撥ね飛ばせなかった。どうやら彼は、腰か足をやられたらしい。
 俺は、車を急発進させ、その場を去った。

 僕は、ホッとしていた。
 俺は、少し頭痛が軽くなった気がした。


1998年○月×日 細雪

 ニュースで悲劇のヒーローを紹介していた。
 オリンピック代表確実の選手が事故で選手生命を絶たれたと。
 今日の主役は俺だ。
 俺は、まだ、頭痛を抱えている。
 そして僕は、肋骨の奥に、じわりと不快感を覚えている。
 俺の頭痛。僕の不快感。だれも、だれも、気が付かないまま、結婚式が始まった。







2002年○月×日 小春日和

 いったい、いつからこの頭痛は続いていたのだろう。
 息子は、素直に、真っ直ぐに、成長している。
 幸せそうな妻と息子の顔を見るのは、とても幸せだ。そして同時に不安もよぎる。
 俺も、きっと素直に育っていたのだろう、あの時までは。
 そうだ、それを思い出すたびに頭痛がするのだ。
 俺は常に不安なのか?この幸せの中でも不安なのか?

 いや、違う。
 不安だからこそ、不安の中に、この幸せがあるのかもしれない。
 不安がなくなったら、この幸せはどうなるのだろうか?
 幸せも消えてしまうのか?
 それとも、すべてが幸せになるのか?

 最近、町村合併が、話題になる事が多い。
 その中に、頭痛の原因の舞台になった町があった。
 町は、合併して名前が消える。
 忌まわしいあの学校も、来年には取り壊すらしい。

 すべてが消えるのか?
 いや、ヤツらは消えない。


2002年○月×日 冷たい雨から雪

 俺は、病院にいた。病院は、お得意様だ。
 薬のサンプルや試供品を持って、病院廻りだった。
 会社で俺は、どんどん昇りつめていった。
 きっと、人の顔色を窺うのが誰よりも上手いのだろう。
 だから、相手の求めている物、触れて欲しく無い事が、解かるのかもしれない。
 顔色を窺う・・・あの時のトラウマが、俺をそうさせる。
 あの時のトラウマが、俺に先手を打たせるのだ。

 医者は、いつ行っても忙しそうだ。看護士達もそうだ。
 それでも、新薬の臨床実験の承諾を得る事が出来た。
 気分良く、会社に戻れそうだ。

 気分と同じで、頭痛は軽かった。
 院長室を出る。エレベーターは定員オーバーだった。
 ここは6階だ。なぜ、権力者は高いところに陣取るのだろう。
 階段はないのか?
 すぐそばの階段を、俺は降りた。

 ・・・病院とは、もっと解かりやすく作るべきではないのか?
 その階段は、1階まで続いていなかったのだ。
 しかたなく、廊下を歩き、違う階段を探す。
 どうやら、入院棟らしい。
 やかましい患者がいた。なだめる看護士のほうが顔色が悪い。
 その患者と目が合う。まるでヤクザかチンピラの様に俺を睨みつける。
 その患者は、携帯電話をベッドに投げつけ、俺の横をすり抜けて行った。

 その顔に、見覚えがあった。
 忘れられない、忘れたくても忘れられない、あいつだ。

 部屋についている名札とベッドの名札を確認する。
 間違いない。
 熊沢だ。
 頭痛の元凶。
 頭痛が激しくなる。同時に感覚が鋭くなっていく。
 看護士は、何かを思い出した様に走っていった。

 看護士詰め所からも、看護士が出て行く。
 誰もいない詰め所の出入口近くに、点滴や注射、薬が用意されていた。
 部屋番号と名前が、それぞれの上に、貼られている。
 その横には、印字の薄い処方箋がある。
 とくに薄い字が、ペンで書きなぞってあったり、付け足されている。
 『済』と赤い字で書いてあるのは用意したものだろう。
 『済』が無い物に、熊沢の名前を見とめる。

 さっきまで人の往来が多かったはずの廊下に、誰もいなかった。

 俺はその時、何を考えていたのだろう?
 ただ、ただ、頭痛を、過去を、消したかったのか。

 なんて管理の雑な病院だろう。
 詰め所に入り、まだ作られていない熊沢の点滴の処方箋に、書き足す。
 ほんの数秒で、部屋を出る。
 相変わらず、誰もいない。
 俺は誰にも咎められず、階段を見つけ、階下へ向かった。

 書き足された筆跡の違いに気が付くだろうか?
 俺は、忙しい看護士達が、俺の書いた通りに点滴を作ることを期待した。
 僕は、看護士が濃度計算が間違っていることに気が付いて欲しかった。


2002年○月×日 濃霧

 新聞のおくやみ欄で、熊沢の名前を見つけた。
 俺は、どんな顔をして読んでいたのだろう。
 妻が、どうかしたの?と、心配そうに聞いた。
 俺は視線をちょっと上げ、妻を見たまま、返事が出来ずにいた。
 なんだか難しい顔をしている、そう、妻は言った。
 俺は隣りのページに書いてある見出しを読み上げた。
 「次々と浮かぶ不祥事と癒着、地元支援者の苦悩」
 妻はそれに納得した様だった。
 彼女は、俺の心の奥まで入ってこない。

 人間が1人、死んでしまった。

 俺は、もう、引き返せないのか?
 僕を、誰か止めて・・・。

 何故か、九重に会いたくなった。


2002年○月×日 綿雪

 偶然を装い、九重の経営するバーに行った。
 足を引きずっている。
 なのに、彼は、たくましい体つきだった。
 足がいつか治ることを信じて鍛えているのだろうか?

 彼は、驚いていた。
 何に驚いていたのだろうか。俺が親しげに話しかけたからか?
 俺が過去の事なんか1つも言わないからか?
 懐かしい友に会って嬉しいという態度だったからか?
 そう、頭痛さえなければ、頭痛の原因さえなければ、再会は嬉しかった。

 彼は、これっぽっちも過去の事は言わなかった。
 まったく謝る気が無いのか?
 それとも、過去は過去だと言うのだろうか。
 俺は忘れられないのに、彼は忘れてると言うのか。
 僕は、少しでも謝罪の態度が欲しかった。
 まあ、いい、彼がその態度なら、俺は、利用するだけだ。


2003年○月×日 地吹雪

 九重のバーに通うようになって、どれくらい過ぎただろう?
 今では、俺の部下・小杉も連れてきている。
 小杉は忠実だ。俺がエリートでいるかぎり、ついて来るだろう。
 俺達は、この店を、取引に使っていた。
 薬局で売っていない薬を、ここで売っていた。
 病院では普通に使う薬だ。使い方に注意が必要だけれど。
 だが、九重はそれを止めない。
 バーの経営状態は、良いとは言えないだろう。
 俺達は、常連客、良いお得意様だ。
 やはり、九重は、友達ではないのか。
 僕は、友達なら止めてくれると思っていた。

 林田と金沢が、数日違いで死んだ。
 睡眠薬を飲んで車を運転したらしい。
 その睡眠薬は、俺が渡した物だろう。
 あれは、熊沢の通夜の席だ。
 二人は揃って通夜に来ていたのだ。
 小学校からずっと友達だったのか?
 羨ましいよ、本当に。
 熊沢の親戚のような顔をして、二人に近づいた。
 二人とも、俺だと気が付かない。
 あまり気を落とさないで欲しい、そうだ、良かったらこれをあげよう。
 こんな時に不謹慎だが・・・これは健康補助食品、サプリメントだ。
 気分が良くなって、覚醒効果もある。
 車の運転時、眠気覚ましにもなる。
 そんなような事を言って渡したはずだ。
 見ず知らずの人間から貰った薬を、安易に飲んだのか。

 九重は、どう思っているのだろう?

 18年近く前だ。
 九重は熊沢達に虐められていた。
 九重を助けた俺も熊沢達に虐められた。
 九重は俺を助けなかった。
 熊沢達は趣向を変えた。
 九重に命令して、俺を殴らせた。
 九重は俺を助けなかった。
 俺は、あの学校に半年もいただろうか?
 俺が転校した後、九重は、また虐められたのだろうか・・・。

 その熊沢達が死んだ。
 運が良ければ3人とも死ななかったかもしれない。
 でも、死んでしまった。本当に運が悪かったのだろう。
 九重は、どう思っているのだろう?
 僕がやったと、気が付かないのか?
 気が付いていたら、僕を説得しただろうか?僕を恐れただろうか?


2003年○月×日 春が近い湿った雪

 空から降る雪は、真っ白で大きくて重たかった。
 地面に落ちた雪は、人に車に踏まれ、黒くなっていく。
 白と黒、表と裏、光と影、善と悪、安心と不安・・・。
 フランス語の白い=blancは、英語のbleach,bleak,blankなどに変じた。
 blancの原義「色が無い」からblack(黒)にも変じたらしい。
 白も黒も同じ「色が無い色」と言われていたのか?
 光も影も、表と裏も、善も悪も、安心と不安も、本当は同じ物なのかもしれない・・・。
 俺が死ぬ時、黒い羽の天使や白い悪魔が舞い降りるのかもしれない・・・。
 春近い雪は、そんな想像をさせた。

 俺は、佐々木と藤沢の消息も調べ済みだった。

 誰も、助けることが出来なかった佐々木が警察官だと言う。
 あの佐々木が、誰かを助けられるのだろか、護れるのだろうか。
 藤沢はコンピューター関係の仕事だという。
 そうだな、盗んだ給食費でテレビゲームを買う藤沢だ。
 あれはスーファミ、スーパーフェミリーコンピューターって言ったっけ?
 よほど、コンピューターが好きなんだ。
 その上、結婚するそうだ。
 佐々木にも恋人がいる。
 二人はとても幸せそうだ。
 おかしいなぁ・・・、俺がこんなに苦しんでいるのに。
 九重だって、足を引きずって生きている。絶頂から叩き落とされて生きているのに。


2003年○月×日 雲雀が鳴く晴天

 相変わらず、俺達は、九重のバーで取引をしている。
 薬を買って行くバイヤーの権藤は、ここに来る時だけ右腕に刺青を付けさせている。
 藍色の刺青だが、それは炎にも、流れる血にも見える。
 俺の右腕には、消えない傷跡がある。
 18年前、九重につけられた傷だ。
 権藤の刺青は、九重にイヤでもそれを思い出させる。
 九重、君は、この怪我のこと、謝ってくれていないよね?

 どこで聞いた昔話だっただろう。
 雲雀は、神の国に住んでいて、下界にお使いに行くよう頼まれた。
 雲雀は神の言いつけ通り、下界に長く留まらずに帰るはずだった。
 ところが、あまりにも下界が美しすぎ、夢中になって飛び回った。
 そして雲雀は、お使いは無事に済ませたが、神との約束を破った。
 約束の時間までに帰ってこなかった雲雀を、神は天界から追放した。
 雲雀は泣いて詫びたが許してもらえなかった。
 雲雀は、それ以来、下界にいる。

 今日も、雲雀が鳴いていた。あの鳴き声は、神への謝罪なのか?
 それとも、帰れなくなった嘆きの声なのか。


2003年○月×日 新月

 権藤は面白い男だ。
 多少の金で、何でもやりそうだ。
 今夜は、藤沢の婚約者の後を尾行させていた。
 計画は、通り魔を装い、襲撃すること。
 その依頼も、面白そうだな、と、軽く引き受けた。
 金が貰える上に、面白ければ尚満足、権藤の顔にはそう書いてあった。
 この世を、面白く生きて面白く死んでやる。そんな顔もしていた。
 権藤もまた、何かを心に抱えている。
 でも、お互いにそれを訊く事は無い。

 携帯が鳴った。
 権藤からだ。

 ターゲットは、たった一人で、地下鉄駅近くの公園に入ったと。
 だが、しかし、近くの交番の警官が警邏中。
 その警官は佐々木だ。
 権藤が指示を仰ぐ。

 俺の頭は、痛みを増し軋みをあげる。
 そして、最悪なシナリオを紡ぎ出し、指示する。

 佐々木がすぐに駆けつけられないくらいの距離を取り、誰かを襲撃。
 ここでは、絶対に殺してはいけない。
 佐々木を引き付けつつ走り、ターゲットを人質に取る。
 佐々木は、きっと、手出し出来ない。
 そのまま、人質を連れて逃走、後、人質に手をかける。

 危険な指示だ。
 タイミングがずれれば、佐々木に捕まるか、ターゲットを逃がすか。
 調べたかぎりでは、佐々木は昔と変わっていない。
 きっと、人質を取れば権藤に手出し出来ないはず。
 けれども、確証は無い。
 だが、権藤は、面白そうだ、と了解した。

 ・・・2時間後、任務完了の連絡が入る。

 運は、俺の味方をしているのだろうか?
 それとも、神は僕を見放しているのか?


2003年○月×日 天気は覚えていない

 俺は、九重に危険な仕事を依頼した。
 仕事というより、犯罪行為、だ。
 僕は、止めてほしかった。
 報酬は足の手術の専門医の紹介と費用負担、それに九重は乗った。
 犯罪行為なんだよ?
 友達だろう?
 そうだ、友達なら・・・友達だったら、止めてほしかった。
 九重は、僕よりも、自分の足が大事なんだ。

 僕は、あの時以来、本当の友達を作ることが出来ない。
 心から信じきることが出来ない。

 僕は上手に信じる振りをする。
 イタズラや冗談に、素直に引っかかり騙された顔をする。
 しかも、それは無意識にやってしまう・・・。
 家族に対してもそうだ。
 僕だけがそうなのだろうか。
 誰もが皆、そうなのだろうか。


2003年○月×日 目に痛い蒼い晴天

 古来、日本では『あを(青)』というのは、青色だけではなく緑の事も、そう言った。
 だが、緑だけではなく、黄色も『あを』と言った。
 青の中に黄色がある。黄色も青だ。
 黒に近い色、白に近い色も、広く『あを』と言った。
 今日の空は、いやに目に痛い『あを』だ。
 目に映る物すべてが、『あを』に染められていくようだ。

 今日は土曜日、最後の賭けをする。

 俺は大通り公園にいた。
 会社の営業は休みだが、製造の方は稼動している。
 ちょっと、やり残した事があるから、と、家を出た。
 妻は細かい事までは訊かない。
 昔、大恋愛の末に大破局を迎え臆病になった女だ。
 問いつめるのが怖いのだ。
 俺もまた、深くは問わないし、語らない。
 おかげでケンカなどした事は無い。
 それが幸か不幸か、俺の計画は邪魔されずに順調に進んで行く。

 権藤からの連絡だ。
 佐々木が近くまで来ているという。
 あれ以来、不定期に佐々木や藤沢を見張らせている。
 佐々木は精気の抜けた表情らしい。
 これ以上見張っても面白くないので、そっちに行く、と権藤は言う。

 佐々木が、精気の抜けた佐々木が、近くにいる・・・。

 面白い事をしないか、と、権藤に持ちかける。
 面白い事?
 権藤の声音が変わった気がした。
 そうだ、面白い事だ。右腕のアレは付けているか?
 付いている。Tシャツで腕が出ているがジャケットを持って隠している。
 サングラスと帽子は持っている。
 俺は指示を出した。

 権藤は腕を隠していたジャケットを着た。
 ジャケットは半袖。刺青が見える。
 サングラスを、かけ変える。
 帽子をかぶる。
 あの時の権藤になる。
 そして、佐々木の前を横切る・・・。

 十数分後。

 公園で待つ俺のもとに、権藤だけが現れた。
 アイツは?
 地下通路で追いつけずに人に揉まれている、と、権藤は笑った。
 権藤は隣りのベンチに腰掛けた。
 俺がそこに置いておいた箱を、権藤がポケットにしまう。

 ああ、やっと出てきたな、面白かったよ、そう言って権藤が立ち去る。

 佐々木だ・・・。
 権藤を捜している。
 一瞬こっちを見て目が合ったような気がした。
 人の波。
 権藤を見失う。
 必死に見まわす佐々木。でも、権藤は見つからない。
 たとえ追いついても、権藤の心は、君には救えないだろう。
 僕は、思いきって立ちあがる。
 佐々木のすぐ横を、後ろからゆっくりと、追い越す。
 視線を感じる。
 でも、追っては来ない。
 やはり、君は僕を忘れているのか?
 君も、僕を止めてくれないのか?

−−−−−−−−−−

 夜、豊陵小学校の同窓会。
 俺はそこに潜りこんでいた。
 5年生の時、半年もいなかった俺が呼ばれるはずが無い同窓会。
 でも、出席人数はあっている。
 俺の為に、九重が出席届けを出している。
 何故ここにいるのかと誰かに問われれば、こう言えば良い。
 九重が来れなくなったから代わりだ、言い忘れていたよ、俺がいても良いよね、と。

 藤沢がいた。
 来るのは知っていた。
 九重が、出席の電話連絡をする時に佐々木と藤沢が来るかどうか確認していた。
 そうだ、今日は藤沢の結婚式だったはず。
 でも、婚約者は殺された。佐々木を振りきった権藤の手で。
 声をかけるのは帰りにした。
 めかしこんでいる藤沢に、わざと、こう言ってみる。
 結婚式だ、会社の人?
 藤沢はハッキリ答えない。答えられるわけが無いか。

 佐々木がこっちを気にしている。
 俺が誰なのか気が付いたなら、問いつめれば良い。

 お前が昼間一緒にいた男、あれは通り魔殺人犯だ、どういう関係だ、と。

 佐々木が言わなくても、藤沢が一言こぼせば良い。

 本来、今日は俺の結婚式だった、婚約者が通り魔に殺されなければ、と。

 佐々木も藤沢も、何も言わない。
 俺に誘われるまま、ついて来た。
 僕は、誰にも止められないのか・・・。

 九重のバーでも同じだった。

 もう一度、俺は、結婚式、と、口にした。
 九重は藤沢の?と訊いた。
 藤沢は、違う、と言う。
 九重だって気がついているだろう?
 今日は、通り魔殺人被害者の結婚式だったはずと、テレビで言ってただろう?
 犯人の特長は、ここで、よく目にしていたヤツと同じだろう?
 そうだ、九重は、そんな事より、自分の足が大事なのだ。

 誰かが、ここで、通り魔殺人事件の話を持ち出せば、すべてが終ったかもしれない。
 僕は止められたかもしれない。
 こんなに、ヒントを出しているのに、何故、僕を止めてくれない?

 他人の振りをして座っている小杉は無表情のまま。
 俺が止められても、この計画がダメになってもいいのだろう。
 俺が失脚すれば、のし上がるのかもしれない。
 いや、小杉は冷静だ。誰も何も言わない、計画通り行くと確信しているのか。
 俺だって冷静だ。三人を調査した結論から、言動を判断して計画している。

 それでも、僕は願う。
 ほら、見てよ、この傷跡。
 僕の右腕。
 通り魔の刺青を思い出さないかい?

 もう、この流れは止められないのか?
 運命は定められてしまったのか?
 定められた運命は、変えることが出来ないのか?
 そうだ、君達は、いつも流されるままだった。
 給食費を盗んだのはお前だろう、と、熊沢に虐められても・・・・
 誰も止めてくれなかったね?
 僕がお金に困っていない事、みんな知っていたでしょう?
 藤沢くん、僕が濡れ衣で虐められるのをどんな気分で見てたの?
 九重くん、僕を殴った時の気分は?
 佐々木くん、君は、九重くんの事も僕の事も、他人だと思っていたの?

 やっぱり、僕達は、友達になれなかったんだ・・・。
 ずっと、友達だと思っていたのに。
 僕は、そろそろ諦めなくちゃいけないんだね。
 君達は、友達なんかじゃない。

 俺は・・・、僕は、君達が許せない。

 でも、決行日までに、謝ってくれたら、臨床実験代わりにしてあげるよ。
 厚生労働省が認可していない薬だよ?
 臨床実験できないんだよ。
 君達で試して、安全だったら僕が使う。
 ・・・君達が、謝るわけないか。
 ああ、小杉が計画を持ちかける。
 すべて、計画通りに。

終り

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