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蒼色の孤高

映画『river』の登場人物・横井茂。
これまでもずいぶん横井に触れましたが
横井が佐々木達に直接、手を下し始めた時
あの笑顔の奥に隠された思いに、迫ります。

*注意*
かなり長い文章になっています。
映画『river』を、これから見る人、は読まないほうが良いです。
物語のネタバレだけではなく、偏った先入観に囚われるかもしれません。
以上、御了承下さい。
御了承できなければ、申し訳ありませんがお帰り下さい。ゴメンナサイ。

 
 この胸の切なさと、激しい頭痛。
 いとおしい思い出と、忌まわしい思い出。
 大好きだった友達と、大嫌いになってしまった友達。
 一目で魅了された秘密基地と、二度と見たく無い体育館裏。
 秘密基地の小さな明かり取りの窓と、体育館裏壁の地面近くの嵌め殺しの窓。

 僕は、忘れないよ。


 豊陵小学校に向かう為、俺は、車を走らせていた。
 無邪気に手を振る、息子の顔を思い出す。
 ついさっき、家族で乗っていた観覧車が、ルームミラーに映る。

 「万が一の場合、これが最後の家族の思い出になるかもしれない」

 俺は、そう思いながら、静かに微笑んでいた。

 休日の午後。
 家族で来ていた遊園地。
 俺は仕事があるからと、それを途中で切り上げた。
 妻も息子も、文句一つ言わず、駅で手を振ってくれた。
 俺が、これから何をするのか一つも疑わずに。
 いや、妻は疑っていたかもしれない。
 だが、彼女はそれを表に出すことは無い。
 俺を信じている。信じようとしている。信じている風に装う。
 どれが正しいのか解からないが・・・彼女は疑う事が恐いのだろう。
 たった一度、疑った事によって、何もかも無くしてしまったことがある人だから・・・。

 約束の時間に、まだ、少し余裕がある。
 それでも、俺は、急いで車を走らせた。
 先に着いて、待ち構えなくては・・・。

 真っ直ぐの、歩道の無い広い道を、誰かが歩いていた。
 何かから逃げる様に、怯えるように、振り返り振り返り、よろよろと走ったり歩いたりしている。

 俺は、スピードを緩めた。
 男が、振り向く。


 俺は車を止めて、携帯に出た。
 内容は聞かなくとも解かっている。

 「・・・本社への正式な報告は月曜日に私からするよ。じゃあ」

 そう言って、電話を切る。

 「ごめん、急に電話が入って」

 俺は助手席を振り返る。
 そこに座っているのは、藤沢だ。
 よろよろと歩いていた男は、彼だった。
 驚いたようなホッとしたような複雑な顔の彼を拾った。
 今頃、佐々木と九重と一緒に居るはずの藤沢がここに居る。
 藤沢は詳しい事を話さない。話せるわけがない。おおかた、恐くなって隙を見て逃げ出したのだろう。
 友達とはぐれたとか何とか、しどろもどろに言い訳をしていた。
 深くは問わずに、俺は家族と遊園地で過ごしていたら、会社から呼び出されたと言っておいた。
 藤沢は、どっちに向かって歩いていたかさえ解かっていなかった。
 よっぽど慌てていたのだろう。

 「こっちこそ、助かった。君が偶然通りかかってくれて」
 「本当、偶然な」

 これは幸運なのか、不幸なのか、偶然なのか、必然なのか。

 藤沢が逃げ出さなければ、彼らのほうが先に学校に着いていたかもしれない。
 まあ、それはそれで、どうとでもなるから良いのだが。
 藤沢を拾えたのはラッキーだった。
 ここで逃がしていたら、見つけて始末するのが面倒だったかもしれない。

 あの町へ向かって車を走らせる。
 それにまったく気がつかない藤沢。
 だが、落ちつかない様子で居る。薬を盗んだ罪悪感か?それとも途中で逃げ出した罪悪感?
 ちょうど良い。
 俺は、薬を進めた。精神安定剤だと言って進める。

 「飲むと気持ちが落ち着く」

 そう言われて、藤沢は疑いもせず、薬を飲んだ。
 バカだな。何故、俺を信用する?
 それは、俺が時々使う睡眠薬だ。
 頭痛が酷くて、胸が苦しくて眠れない時、使う物だ。
 ああ、他にも、信用してそれを飲んで車を運転したヤツが居たっけ。
 俺の事なんか、信用しなければ、あの二人も死ななかったのに。

 「少し、眠くなるかも」
 「うん」

 本当に、まったく疑っていない。
 少しぐらいおかしいと思ったらどうだ?

 「眠るといいよ」
 「悪いけど、そうさせてもらう」
 「気にするな」

 ・・・少しは気にしろ。怪しいと思わないのか?ほとんど車の通らない道を、都合良く走っていた俺を、多少は不信がったらどうだ?
 今なら、眠る前に、ハンドルにちょっと手を伸ばせば・・・。
 俺とお前で、事故にしか見えない「無理心中」になったのに。
 まったく疑っていないとなると・・・
 最後はどんな顔をするのだろう?何を思うのだろう?

 いつのまにか、藤沢は静かに寝息をたてていた。
 藤沢を拾った時、俺は平静を装い、頭の中では途中で缶コーヒーでも買って薬を混ぜて眠らせようかと思案していたのに、まったく余計な心配だった。

 良く眠っている。
 豊陵小学校に着いても、眠っていたら、藤沢は後回しにしよう。

 最初は、3人をバラバラにして、一人づつ、弱い者・武器を持っていない者から片付けて行く予定だった。そう、佐々木は俺を疑っていながら計画に参加している。俺の後を付け回していたのも知っている。だから、きっと拳銃を持ってきているだろう。
 どうせ、使えないだろうけど。


 豊陵小学校に到着した。
 校門から校舎までの間にグラウンドがある。
 そこに車は止めずに、少し離れた、校舎の裏の空き地・第2グラウンドに車を止めた。

 藤沢は、眠っている。
 薬は、もう少し効いているだろう。
 俺は、静かに車を降りた。

 校舎を見上げる。
 蔦でおおわれた古びた校舎・・・。

 俺は、これから、とうとう自らの手を血で染める。
 熊沢・林田・金沢・・・やつらは、運悪く死んだ。
 俺が直接手を下さなくとも、ちょっとした小細工で死んでしまった。
 藤沢の婚約者もそうだ。俺がやるはずだった。
 殺すか廃人同様にするか、最後まで迷ったが・・・権藤がやってくれた。
 今度は、直接、俺が手を下す。
 古びた校舎から、昔の面影を幻視する。
 秘密基地で、楽しく過ごしていた頃の3人の顔を思い出す。
 もう、あんな風に笑い合えないと、解かっているのに、何故、今更そんな事を思い出すのだろう。
 俺は、思い出を振りきるように右腕の傷に触れ、歩き出した。

 校舎の傍で権藤が待っていた。
 念の為に持たせていた拳銃を使う事にする。
 佐々木と九重が到着したら、権藤が校舎内で銃を撃つ。
 それは、二人を引き離す為だ。
 佐々木は職業柄、すぐに銃声がした方へ走るだろう。
 残った九重はどうするだろう?
 あの足なら、佐々木に付いて行けない。
 そこを、襲撃する。


 ワゴン車が到着した。
 佐々木と九重だ。
 それを、俺は、隠れて見ていた。
 予定通り、銃声が校舎から聞こえる。
 予想通り、佐々木が校舎へ走った。

 さあ、九重はどうする?
 後を追うのか?

 九重は、佐々木が反射的に走り出したのとは反対に、車へ戻り始めた。
 不自由な足で走る九重・・・。
 逃げるつもりか?それとも、アタッシュケースを守るつもりか?
 まあ、どっちでも良いさ。

 俺は運転席のドアのガラスに映る、ドアを開けようとする九重の顔を見ていた。
 それに気付いた九重が、僅かにぎこちなく、それでいて平常心を装い振り返る。

 俺は、笑顔で、それに応える。
 一発の銃声と一緒に。
 片手で、良く命中する・・・。これが、もっと大きな銃だったら、片手では撃てない。
 いや、この銃だって、撃った反動があるので、もう片方の手を添えたほうが良いのか?そのほうが、狙った所に命中するのかもしれない。

 「お、お前の言う通りにしただろう!?」

 九重が情けない声を出す。
 ・・・片手のままでも良いかもしれない。
 上手に、とどめを差す必要なんてない。

 「ごめん、手がすべっちゃった」

 笑顔で、俺は、引き金を引き続ける。
 九重は、頭の中が疑問符でいっぱいになっているような顔をしている。
 何故、撃たれているのかって?
 友達だろうって言ったはずなのに?
 過去に自分がした事を、九重は忘れているのか。
 助けてくれと、目で訴えている。
 かまわず撃つ俺に、九重の目に諦めの色がよぎる。

 俺は、ふと、寂しくなった。
 何だ?この感情は・・・。
 寂しい?何が、俺は何が寂しいのだ?

 そうか・・・、今、ここで血まみれになっている九重は、あの時の俺だ。
 イジメられそうになって佐々木達に助けを求め・・・。
 そして、救いの手は、差し伸べられなかった。
 目の前の九重にも、誰も手を差し伸べない。

 「出血多量で死ぬまでには2時間ぐらいかかる。止血しようにも手が使えない。苦しいね2時間」 

 そう言う俺は変わらない笑顔なのに、それと対照的に、九重の苦しそうな表情がさらに悲壮さを増す。
 自分ばかりが苦しいとでも言うのか?
 俺の19年間の苦しさを、孤独を、それを誰にも悟られないように生きてきたこの俺よりも、ずっと苦しいとでも言うのか!
 ・・・そうだな、今、この瞬間、お前にとっては最高に苦しいのかもしれない。
 惨めな姿を曝すのは不本意だろう?
 誰よりも自分が一番可愛いのだから。
 だが、その苦しみも、たった2時間だ。
 そう、ほんの僅か、2時間で終わる。
 俺の痛みは終わらないのにな。

 「頑張って助けを求めるなら助かるかもしれない。でも諦めたら死んじゃうよ」

 諦めなくても死ぬだろう。
 ここには、他人を助けようなんてヤツはいない。
 お前は、お前のその苦しみと一緒に、全てが終わるんだ。
 俺の痛みは終わらない。
 誰も俺の心の内は知らない。
 19年間抱えてきた痛みと、これからも抱え続る消えないだろうこの痛み・・・。
 そう思うと、俺の笑顔は消え、真顔になっていく。

 「どうするかは自分で決めるんだな」

 冷たくそう言い放ち、ナイフで出血を誘う一刺しを与えた。

 悲痛な叫び声が響く。
 叫び泣きたいのは、あの時の俺のほうだった。
 俺は、泣き叫べなかった。言葉を、心を、飲み込む事しか出来なかった。
 飲み込んだ言葉と心と哀しみは、消える事無く、俺の中に淀んでいる。

 ・・・あの時、もし、九重が、熊沢達に立ち向かっていたら。
 いや、今更、俺は何を考えているんだ?

 ・・・九重を、殺す事なんで無かったんだ。
 過ぎてしまった事は変え様が無いんだ!

 ・・・九重が立ち向かっていたら、佐々木達だって。
 そんな考えは無意味だ。これからどうするかが問題なんだ!

 九重は動かなくなった。
 気を失っているのか?
 意識が戻らないまま死ぬのか?
 ・・・そうだな、そのほうが幸せだろう。
 死の恐怖に震えながら命が消えるよりも。

 とうとう、この手に、かけてしまった。
 とどめは刺さずとも、直接、手を下してしまった。
 もう、ここまで来てしまったら、止める事は出来ない・・・。

 俺の手は、血に染まった。
 もう、戻ることは出来ない。


 九重が大事に抱えてくれていたアタッシュケースを持ち、自分の車へ戻る。
 記憶が操作できる薬・・・。
 ろくな臨床実験もされていない物を使う気は無い。
 それに、操作する人間が必要になる。専門の医師が必要だろう。
 リスクが多い危険な薬だ・・・。

 「!?」

 藤沢が居ない?
 俺は助手席のドアを開けた。
 やはり居ない。

 「また、逃げたのか」

 そうだ、藤沢は、いつだって逃げている。

 俺はいつまでも変わらない藤沢に呆れ、そして、どうせ藤沢はどこにも逃げられないと思うと、自然に笑みがこぼれた。
 同情の余地も無い。

 アタッシュケースを助手席に置き、ドアを閉めた。
 閉め難いと思ったら、九重を刺したナイフを持ったままだった。
 大型ナイフ。刃は剥き出しで、青いハンカチで掴んでいる・・・。

 俺はナイフの刃を拭いた。
 青いハンカチが、まだらに赤く染まる。
 ハンカチが汚れた・・・。何故だか、そのハンカチが俺自身に見えてきた。
 俺はハンカチを地面に捨て、ナイフを投げ刺す。

 俺は汚れていない。
 あれは、九重の汚れだ。
 俺の汚れではない。

 ぐずぐずしている暇はない。
 きっと、佐々木が今の銃声で戻ってくるはずだ。


 俺は、真っ直ぐ校舎に向かわず少し遠回りをして、佐々木が校舎の外に出たのを確認してから中に入る。

 藤沢は何処だ?

 ヤツを先に片付けたほうが良い。
 佐々木は警察官、多少なりとも訓練されている人間だ。
 始末しやすいほうから、片付けよう。

 廊下の所々に、積もった埃が雑に拭かれたような、何か大きな物を引きずったり落としたような跡が付いている。

 藤沢の通った跡だ。
 階段を上ったのか・・・。



 1週間前、下見に来た時、廊下も教室の床も、埃だらけだった。
 なるべく埃を立てないように、慎重に、校舎を廻った。
 あちこちの教室に、ヤツらが入り込むと動きを把握し難い。
 だから、各教室のドアに細工をして入れない様にした。
 廻っているうちに面白い物を見つけた。

 これは、どういうことだ。
 何故、こんな物が都合良く見つかるのか。

 あの時の、19年前の、5年生の肖像画。

 あの先生は、そういう人だったか。
 壊れかけの袖机。
 中身が、はみ出している引き出し。
 乱雑に入れられた肖像画。
 その他、処分に困ったと思われる物が、あの秘密基地にあった。
 きっと、学期末に子供たちに渡し損ねた肖像画だろう。
 渡し損ねて何年が経ってここに入れられたのか。

 これは、俺に使えという事だろうか・・・。

 他にも、渡し損ねたと思われる絵や俳句、習字などがあった。

 偶然なのか、それとも、運命なのか。
 流れは、何時まで俺に味方をしているのか。

 俺は、それに抗う事無く、利用することにした。

 ごく一部の教室だけ、開けておく。
 秘密基地も開けておく。
 体育館も。



 俺は音を立てずに、静かに階段を上る。
 上階から、物音が聞こえる。ドアが開く音。閉まる音。
 やっと、開くドアを見つけて藤沢が逃げ込んだか。
 机を引きずる音も聞こえた。

 俺はわざと足音を響かせ歩いた。

 さあ、どうする藤沢?
 うまく隠れたか?

 息を潜めていた藤沢が、当然大きな物音を立て、廊下に飛び出した。

 あまりにも間抜けな姿に、失笑する。
 なんて怯えた顔をしているんだ?
 俺達が5年生の時に使っていた教室・・・。
 そうか、肖像画を見たんだ。横と後ろの壁に貼った。
 死んだ人達の顔に大きく×印を付けてあげた肖像画。
 佐々木・九重・藤沢の3人だけは、前の黒板の中央に貼った。
 やっと気が付いたんだ。
 俺の仕業だって。
 そうだ、出来るだけ、出来るだけ優しく声をかけてあげよう。

 「藤沢君、みっけ」

 藤沢は、もつれる足で必死に逃げる。
 後を追う。
 隣りの教室に逃げ込み、何かを乱暴に置いたような音が聞こえた。
 そのドアに、手をかける。
 開かない・・・。
 バリケードか。
 この教室も、俺が下準備した場所だ。
 後ろのドアは開いている。

 俺は慌てず後ろのドアに手をかけた。
 難無く開いた。

 藤沢は、教卓の下に隠れたつもりだった。
 俺は後ろの壁一面に貼った『友情』の習字を背に立つ。
 数十、いや、百を越える『友情』の前に立つ。

 この校舎もこの町も、何もかも無くなると告げる。
 そんな言葉は耳に届いていない様だった。
 怯えた藤沢の顔が、癇に触る。

 「君は、学級委員長だったのに、酷いよなあ・・・」

 藤沢は、世界中で自分が一番の被害者のような顔をして見つめる。
 被害者は俺だ。何故、お前がそんな怯えた顔をする?

 「忘れられないんだ、ここでの思い出」

 お前は、都合の悪い事から逃げて、忘れて・・・いや、無理やり忘れようとして記憶に蓋をした。蓋をして隠蔽する。日本人的だな。
 俺は、ずっと、忘れられずに覚えていたのに。

 「思い出すたびに頭痛がした」

 今も、頭痛がする。
 お前の、その表情を見るだけで頭痛がする。

 「ずっとだよ」

 そう言いつつ、薬瓶を取りだし、薬を口に放りこむ。
 この状況で飲んでも、ただの気休めにしかならないだろう。

 「昔の事だろう?」

 昔の事?昔の事!
 その一言で全て済むと思っているのか!
 俺は、藤沢を即死させたい衝動に駆られた。
 それを必死に止める。
 ダメだ、即死なんて。もっともっと、俺の苦しみ痛みの十分の一、いや、百分の一でもいいから、与えてやらないと・・・。

 銃を構え、俺は近づく。
 藤沢は尻餅をついたまま後ずさる。

 冷静になろうとする俺の目に、気をそらす物が映った。

 「汚れている」
 「?」

 藤沢の顔が汚れている。
 俺はおもむろにハンカチを取り出し、藤沢の額を拭った。

 そうだ。
 昔から、物心ついた頃から、俺は・・・

 心を落ち付ける為に、何かを、拭いていた。

 「うわあああ」

 藤沢は弾かれた様に立ち上がり、必死に逃げた。
 俺は、銃を向けたが、ヤツは教室の外に出てしまった。
 あの走り方なら、慌てて追う事もないか。

 たった今使ったハンカチに目を落とす。
 汚れている・・・。
 これは藤沢の汚れだ。
 俺は汚れていない。
 ハンカチを捨てる。

 藤沢を追った。
 藤沢は真っ直ぐ走れる事は出来ず、腰を曲げたまま、よろけ転びながら逃げ、階段を転げ落ちた。

 もっと苦しめば良い。
 俺は、踊り場から銃を構えた。

 ああ、そうだ、この階段だ。
 この踊り場の少し下で、俺は、熊沢達にからまれた九重を助けようとしたんだ。
 だが反対に熊沢達に掴まった。
 それを、お前らは、下から見ていた。
 ただただ、見ていた。

 「熊沢、林田、金沢、みんな死んだんだってさ。若いのに運が無いねえ」

 思い出した?
 この階段。

 「お前・・・」

 なんだ、言う事はそれだけ?
 少しは謝ったらどう?
 謝って、命乞いでもする?
 聞く気は無いけど。
 謝りそうもないなぁ。
 そうか、悪いコトしたなんて、これっぽちも思っていないんだ。

 「僕は、君達を許せない」
 「や、やめろ」
 「友達だったのに」

 俺は、今、「僕」と言ったような気がする。
 あの頃の俺のように、「僕」と言ったのか。
 まあ、いいか、どっちでも。
 どっちも、自分だ。

 情けない姿の藤沢に向かって引き金を引いた。
 藤沢は、呻き声をあげ、うずくまる。

 今すぐ即死させたい気持ちを押さえ、頭や心臓は狙わなかった。

 「苦しいかい?腹を撃たれるのは、即死するより痛いんだって、君、知ってた?死因は何になると思う?ショック死、かな?あまりの痛みにショックで死亡するんだよ、君は」

 俺は、のた打ち回る藤沢を見つめた。
 さっきと同じだ。
 撃っても、心の痛みは消えない。
 やはり、予想通り、この痛みは消えないだろう。

 俺は何の為に復讐しているのだろう?
 この手にかけても、頭痛も心の痛みも消えないのに。
 それは最初から解かったいたはずなのに。

 苦しみもがき、のた打ち回る藤沢。
 ショック死するのが早いか、暴れて出血多量で死ぬのが早いか・・・。
 俺は、とどめは刺さずに立ち去る。


 藤沢を撃つ時、グランドで九重の姿を呆然と見ていた佐々木が見えた。
 銃声に反応し、こっちに来るだろう。
 ヤツはここに来てから、銃声に振りまわされている。
 俺は、次の舞台へ移動した。

 一週間前、空気を入れ直したボールを俺は手にする。
 場所は体育館。
 ここで物音を立てていれば、佐々木は来る。

 バスケットゴールにシュートする。
 気の無いシュートは入らない。
 何度か投げる。
 足音が近づいてくる。
 ろくに動けない九重と藤沢では無い。

 佐々木だ。

 早い段階から、俺を怪しいと思っていながら、何も出来なかった佐々木だ。
 解かっていたなら、俺の尾行までしていたなら、何故、止めなかったのか。
 これはまた、世界の不幸を全部集めて見たような顔をしている。
 自分に起きた不幸じゃない。
 回りに起きた不幸を、眺めている、何処か他人な顔だ。

 俺は、意地悪く、嫌味のひとつも言いたくなった。

 「やあ」

 佐々木は返事をしない。
 死にかけた九重だけじゃなく、藤沢も見つけたのかな?
 悲壮な顔をしている。けれど、何処か他人事のような顔だ。
 そう、他人だと思うから、お前はもう1歩踏みこんでこない、誰も助けられないんだ。

 「君は・・・友達?」

 佐々木は応えない。
 応えられないだろう。

 「どっち?」

 九重の姿を見たんだろう?酷かっただろう?
 藤沢に会ったか?あれも酷いだろう?
 お前もああなるんだって解かってるだろう?どう応える?

 俺の投げたボールは、ゴールに入らず転がっていた。
 それを拾い投げた佐々木のパスは、誰も受け取らない。

 「俺は・・・」
 「やめろよ、今更」

 俺は銃を構え、佐々木の答えを止めた。
 聞いておいて止める。ささやかなイジワルだ。

 「俺は誰も助けられなかった」
 「だな」

 本当に、今更、何を言っている?
 誰も助けられなかった・・・。誰を助けたかった?
 九重か?藤沢か?
 それとも、自分自身なのか?

 銃を向けられているのに、佐々木は突然走りだし、ステージ横のドアを開け飛びこんだ。
 閉められたドアに、俺は連射した。
 カートリッチを変え、また連射する。
 中は、隠れられる物がある。
 これくらいで死ぬはずがない。

 俺はドアを蹴破った。

 佐々木が、銃を構えて待っていた。
 きちんと、左手を添えている。
 そうだな、それが正しい射撃のスタイルだろう。
 俺は銃を持ったまま、両手を上にあげる。

 佐々木はそのままの姿勢で動かない。

 「撃てないだろう、君。そうやって、あの事件の時も犯人を取り逃がしたんだろう?」

 佐々木は何も応えない。
 お前は、いつだってそうだ。
 お前が人を傷付けないのは、自分が傷付くのが恐いからだ。
 誰かを殴れば、自分の拳がそれ以上に痛くなる。
 それで自分自身も嫌な気分になる。
 お前は、自分が一番大事だから。
 誰の事も、他人事にする。

 誰も助けられなった?
 助けようとして自分が傷付くのは嫌なんだろう?
 だから、誰の事も本気で助けようとしない。
 俺も、お前に見捨てられた。
 通り魔の被害者も、お前に見捨てられた。
 そして、九重も、藤沢も、お前がもっと早く行動を起こして俺を止めていれば・・・。

 「君は誰も救えない、そう言う人間だ。哀れだよ」

 佐々木は何も答えない。答えられない。

 俺は、あの時以来、人と深く関わってこなかった。
 傷付くのが恐かったんじゃない。
 他人を、信用できなくなってしまったからだ。
 理由は違うが、お前も俺も、あれからずっと・・・

 「君も、友達がいなかったんだね」

 この、哀れな佐々木を、ここで葬ろう。
 あいつらと同じように、とどめを刺さずに苦しめたかったが・・・。
 万が一、痛みに正気でなくなった佐々木が、いや、正気になった佐々木が銃を使う可能性もある。
 ・・・即死させるしかない。
 目の前で息を引き取るのを、見なくてはならないのか・・・。
 それに、撃たれた弾みで佐々木が引き金を引く可能性もある。
 相撃ちにならないように、注意しなくては・・・。

 俺は緊張を隠し、意を決し、銃を構えようとした。

 その時。

 左肩から少し背中側に、衝撃を受けた。

 何!?何が起きた!?

 ボールが転がる音がする。
 ボール?ボールがぶつかったのか!?

 俺の中で、張り詰めていた緊張の糸が切れるのが解かった。
 落ちつかなくては。
 肩を見る。
 冷静にならなくては。
 肩が、汚れている。
 沈着に・・・。
 俺は汚れてなんかいない!

 頭が真っ白になる。
 俺は、俺は汚れていない!

 気が付くと、俺は必死に肩の汚れを拭き始めていた。
 その隙に佐々木が飛びかかって来た。

 そうだ、俺は・・・
 我に返る。もみ合いながら、床を転がる。
 もう、汚れは気にならない。
 床に這いつくばり、鬼のような形相で藤沢が睨んでいる。
 そうか、お前がボールを投げたのか。
 俺の拳銃が、佐々木に落とされ転がる。
 僅かな時間で、俺はすっかり冷静さを取り戻した。
 藤沢が拳銃を拾おうとしている。
 させるものか。
 俺は、佐々木の顎を殴り、一瞬の隙に拳銃を奪った。

 不甲斐ないな、佐々木。
 俺を、ただの民間人だと思っていたんだろう?
 もう少し、調査しておけば良かったな。
 お前なんかよりも早くから、体を鍛えてたんだ。

 藤沢は、俺の拳銃を手にする直前だった。
 俺は至近距離で、藤沢の眉間を狙い、構える。
 藤沢は固まったまま、般若の形相で、俺を睨んでいる。
 こいつに、先にとどめを刺す事になるのか・・・。
 この距離なら、間違いなく殺せる。
 この距離なら、間違いなく死ぬ。
 この距離なら、間違いなく返り血を浴びる。
 この距離で、即死させて、その死に顔を見るのか・・・。

 立ちあがれない佐々木が叫ぶ。

 「横井!やめろ!!」

 俺は、何かに憑かれたように引き金を引いた。

 !?

 弾が出ない!?どういう事だ?
 俺は慌てた。
 何度も引き金を引く。
 だめだ。
 何故?

 またもや冷静さを失った俺は、銃声と右脇腹の痛みで我に返った。

 藤沢が、俺の銃で、俺を撃った・・・。
 俺は倒れながら、状況分析を始めた。

 藤沢の出血はひどい。銃を撃つのはひどい負担になったはず。
 佐々木は、呆然としている。
 そうだ、お前の役に立たない拳銃のせいだ。

 佐々木は、俺の手から役立たずの拳銃を取り上げる。
 俺は、成されるままにして、気を失った振りをする。
 沈着冷静に、チャンスをうかがう。
 佐々木は拳銃を、床を滑らし遠ざける。
 それは、藤沢の近くに届く。

 俺は聞き耳を立て、薄目で、じっと様子をうかがう。

 佐々木は藤沢に、警察官だと告げている。
 なんだって?弾は入っていない??
 最初っから入っていないのか?
 入っていない状態で持ち歩いていたのか・・・。
 それでは、いざという時に使えない。
 いざという時に使えない?
 そうか、あの時もそうだったのか。
 あの時も弾を入れていなかったのか!
 使えない銃。
 佐々木と同じで誰も救えない、誰も助けられない。

 お前達の事は、あらかた調べている。
 藤沢が、探偵に警察官探しを依頼している事も。
 佐々木が、俺の調査を同じ探偵に依頼していた事も。
 だが、拳銃の弾の事だけは解からなかった・・・。

 ああ、藤沢が気付き始めた。
 佐々木が通り魔事件の時の警察官だと。
 さあ、どうする?藤沢。
 探していたんだろう?その警察官を。

 佐々木は何をしている?
 藤沢の様子が目に入らないのか?

 佐々木は気が抜けたように、座り込んでいる。
 何処か遠くの物事の様に、俺が殺したようなものだ、と言っている。
 藤沢の婚約者の事をそんな風に言って良いのか?

 俺の撃たれた腹の痛みは消えていた。
 鎮痛剤が効いているのか、興奮しているのか・・・。

 俺はタイミングを計る。

 佐々木の足元に俺の拳銃が見えた。
 大丈夫だ。
 手にしていない。

 今だ。

 俺は、佐々木を後ろから羽交い締めにして立ち上がらせた。
 情けないな、佐々木。油断し過ぎだ。
 何故、手も足も出ないんだ?
 俺の事を、ただの民間人だと思っていたか?
 あいにくだな。俺は、あれから、護身術や柔術を身に付けていた。
 俺の、いったい何を調べていたんだ?

 暴れようとしても佐々木は動けない。
 このまま絞め落とすか?

 藤沢がゆっくりと、ぎこちなく、足を振るわせながら立ちあがる。
 佐々木の拳銃を拾う。
 弾の入っていない銃を。
 役に立たないそれを。

 拾うなら、俺の拳銃だろう?
 弾の無い銃を拾っても使えないだろう!
 どうするつもりだ?

 藤沢が、ポケットから何かを取り出した。
 血まみれの手に何かが握られている。
 ・・・銃弾?
 何故、藤沢がそんなものを!?
 それを弾倉に装填しようとする。
 その拳銃に合うのか?

 藤沢が、何か呟いている?
 いいや、口元が微かに動いているだけ・・・。

 俺の分、慶子の分。

 俺には、唇の動きがそう言っているように見えた。
 そう言いながら弾を2個入れた。
 そうか、お前は、それで・・・。

 佐々木に、銃口が向けられた。

 「お前だったのか」

 やっとの思いで立ちあがった藤沢は、地獄の閻羅王のような目で佐々木を見た。
 俺の姿なんて目に入って居ない。
 佐々木の体が強張る。

 「そうだ、こいつだ。こいつが通り魔を逃がしたんだ!」

 藤沢には、俺の声なんか届いていない様だったが、佐々木は俺の言葉に反応しているのが解かる。
 予定外、予想外だったが、これで良い。

 佐々木は、被害者の目線に立った。

 金沢達に押さえつけられて助けを求めた俺。
 体育館裏で地面に倒され助けを求めた俺。
 通り魔に羽交い締めされる藤沢の婚約者。

 ここまで来て、やっと、この恐怖と痛みが、佐々木に伝わった。
 俺は、引きつった笑みがこぼれた。
 きっと、凶悪な笑顔だろう。

 佐々木は何か言おうとしているが、喉を押さえ付けられているので声にならない。
 たすけて、とでも言っているのか?
 誰の事も。助けなかったくせに!

 「そうだ、藤沢、こいつは、誰も助けられない、今も昔も、誰の事も助けられない、ただ、見てるだけしか出来ない・・・。そうやって、見殺しにした」

 俺の言葉に後押しされるまでも無く、藤沢は指に力を込めた。
 そうだ。早く撃たないと・・・、もうすぐ藤沢の命が尽きる。

 銃声が響く。

 一発、ニ発。

 静寂が訪れる。

 一発目の銃声の後、俺は佐々木を離し、床に伏せた。
 弾は佐々木に当たっていた。
 その衝撃を感じたから、手を放し床に伏せた。
 藤沢のあの体では、まともに撃てるのは一発だけ・・・。
 二発目は、撃てても何処に飛ぶか解からない。

 そう思った。

 一発撃った藤沢は、床に崩れ落ちながら、弾を受け呆然と立ち尽くす佐々木に狙いを定める。
 藤沢は、佐々木の心臓を狙っていた。
 引き金を引く。
 狙いは外れた。
 藤沢と佐々木が倒れる。

 僅か1・2秒の出来事だった。

 そっと様子をうかがうと、佐々木の頭から血が溢れ出ている。
 二発目は頭に当たったか・・・。
 胸からも血が滲んでいる。弾は貫通せず、肋骨にでも挟まったのだろう。
 貫通していれば、俺にも当たったはずの一発目。

 藤沢の服は、元の色が解からないくらい血に染まっていた。
 腸を撃たれ毒素が出ているはずなのに・・・動き過ぎだ。
 ショック死しないで、良くここまで動き続けた・・・。

 二人とも、今は動く様子はない。
 念の為、武器の位置を確認する。
 慎重に、俺は起き上がる。

 二人とも、まだ、微かに息がある。
 佐々木に声をかけた。

 「佐々木君、気分はどう?見殺しにした被害者と同じ気分を味わえた?もう、聞こえていないのかな・・・面白いくらいに同じだったろう?ただ違うのは、藤沢君も俺も、君を狙ってたって事かな」

 佐々木は返事をしない。
 だが、僅かに目元が動く。
 聞こえているのだろう。
 今になって、やっと、俺の痛みが少しは解かったのだろうか・・・。

 「藤沢君?聞こえてる?」

 藤沢も、返事を出来る状態ではない。
 微かに指が動いただけだった。

 「・・・聞こえてるみたいだね。仇を討てた気分はどう?思い残す事は無い?俺の事も、道連れにしたかった?・・・俺と一緒の地獄はお断りだって?・・・でもね、もし、死後の世界があるとしたら俺達はきっと同じ所に行くだろう。婚約者のところに行くなんて考えてる?・・・無理だよ。だって、君は人殺しだもの。佐々木を殺した、人殺しだ」

 俺は、ゆっくり藤沢に近づく。

 「君の婚約者は、さっきの佐々木君みたいに犯人に羽交い締めにされた。そして、君は、その犯人に向かい銃を構えた佐々木君にそっくりだった」

 藤沢は、視線を俺に向けるが、見えていない様だ。
 それでも、佐々木よりは意識がハッキリしているらしい。

 「通り魔が婚約者を羽交い締めにして、警察官が銃を構え、撃てなかった」

 俺はゆっくりと言葉を選んで話す。

 「俺が佐々木君を羽交い締めにして、君が銃を構え、撃った」

 藤沢はピクリと動く。
 想像できただろうか?
 権藤に聞いていた、佐々木と対峙した時の状況。
 さっきの俺達の状況に、よく似ていた。

 「羽交い締めにされた人が死んだ。人質が死んだ。人質は誰だ?君が殺したのは誰?佐々木君?婚約者?」

 藤沢は微かに体を振るわせた。
 想像できたか?佐々木の倒れる姿に、婚約者の姿が重なったか?

 「よく、その状態で、俺を撃って、佐々木君の事も撃てたね。感心するよ。動けば、もっと出血して、もっと苦しいはず。よく、そんな勇気があったね。・・・その勇気、もっと早く違う形で出して欲しかった。その勇気があれば・・・誰かを殺すのではなく、誰かを助ける事が出来たはず。給食費を盗む勇気があるのなら、熊沢達に立ち向かえたんじゃないのかい?」

 そうだ、その勇気で、何故、あの時、俺を助けなかった?

 「君が操作したかった記憶って何?給食費を盗んだ事?俺を見捨てた事?婚約者が死んだ事?俺達が友達だった事?婚約者の死に方?何?何を操作したかったの?何を消したかったの?俺の存在事態を忘れたかった?・・・それとも・・・」

 自分が死にそうになって初めて、立ち向かって来た藤沢。
 俺を撃った藤沢に、感情を押さえる気は無かった。
 お前が戦うべき相手は、俺ではなくて、佐々木ではなくて・・・。
 あの時の、熊沢達であり、藤沢自身だったはずだ。

 もっと、もっと、苦しむべきだ。

 「それとも、育った家庭環境?・・・それくらい、調べてるよ。君は帰る場所なんか無い。唯一、帰る場所だった婚約者が死んで、君はこの世に居場所なんて無い。そう考えてたんだろう?」

 藤沢は、動かなくなった。

 「もう聞こえないかな?・・・死後の世界なんて無ければ良いね。何もかも、魂も感情も消えて無くなってしまえるのなら、この後、君は婚約者に会えないと嘆く事も無い。いつか、俺が死した後に出会う事も無い」

 押さえ切れずに吐き出した感情が、だんだん萎えていく。
 もう、言っても無駄な事だ・・・。

 「全てが無に帰れたら・・・俺も、その時には開放されるのだろうか・・・」

 まったくなんの反応も無くなった佐々木と藤沢。
 俺は、その場に膝を付いた。
 言うだけ言った後の俺は、何の感情も無かった。
 達成感も無い・・・。
 撃たれた傷の痛みも感じない。

 今は感じない頭痛も、きっとまた、戻ってくるだろう。
 胸の痛みも戻ってくるだろう。
 俺の手にかかった友。俺の小細工で死んでしまったヤツら。
 彼らの分の痛みも、俺は背負う事になるのだろう。

 俺は消せない記憶を、増やした。
 解かっていたのに・・・。

 俺は止められなかった、復讐を。
 過去は消えないと、解かっていたのに。

 俺は、俺は・・・
 自らを止める事も出来ず、そして、誰にも止められなかった。
 俺を助けられなかった彼らが、俺を止めることなど出来ない。
 そうだ、解かっていたはずだ。
 自分で止めるしかなかったのだ。

 だが、流れ出した事態は、次第に、俺一人の力で止められないものに変わっていった。

 俺は、今までの痛みと孤独を変わらずに抱えていく。
 誰にも、それを気付かせずに。
 死んだ者達の痛みも、俺は抱え背負う。

 後悔する事も出来ず。
 懺悔する事も出来ず。
 罪と認める事も出来ず。
 罰を受ける事も出来ず。
 彼らが最愛の友だった事も認める事が出来ず。
 彼らを自らの手にかけた痛みと苦しさを、一生抱えていくのだろう。

 とめどなく、涙が頬を伝わって落ちていく。
 俺は、その涙に、暫らく気が付くことが出来なかった。

終り

横井の忘れられない苦しみ。痛み。寂しさ。切なさ。
それは許されない罪を重ねる事によってより増していく。
彼は、そうなると解かっていたのだろう。
解かっていて復讐を進めていただろう。

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