永遠の片翼

映画『river』の登場人物・横井茂。
あの復讐から3年。
今、彼は、いったい何を考え、どう生きているのか?

*注意*
かなり長い文章になっています。
映画『river』を、これから見る人、は読まないほうが良いです。
今回の文章は物語のネタバレでは無いけど、
横井に対して偏った先入観に囚われるかもしれません。
以上、御了承下さい。
御了承できなければ、申し訳ありませんがお帰り下さい。ゴメンナサイ。


 あれから・・・

 もう3年が過ぎていた。
 俺は、東京に単身赴任し、東京−南米を往復していた。

 子供は小学校に入学した。
 妻の実家が札幌なので、札幌の学校だ。
 妻は、子供の手が離れたので復職した。
 俺が居なくても、妻も、子供も、何の不安も不自由も無く暮している。
 経済面も心配が無いし、実家も近い。
 それに、なによりも、妻は俺をひとつも疑わない。
 単身赴任先の東京でも、出張先の南米でも、何のトラブルも起きないと信じている。
 もちろん、テロなど海外の治安は心配が無いとは言い切れない。
 俺自身が、女性問題や仕事の失敗は無いと、疑わないのだ。

 慣れてしまえば、単身赴任も苦にならなかった。
 海外出張の3割くらいは「荷物運び」だ。
 通常の輸送ルートは信用できないのか、それとも、万が一を考えてか・・・。
 データは、いろいろなカタチにして運んだ。
 薬瓶やアンプルも、厳重に運ぶ。
 南米のジャングルには、まだまだ解明されいない「クスリ」がある。
 それを分析・研究している大学に、我が社は資金援助している。
 そう、資金以外のモノも。

 いつ奪われるか、いつ襲撃されるか。
 そんな危険なモノも運ばされる。

 なぜ俺がそんなことをしているのか?
 誰も引き受けたがらない事を?
 
 南米・ジャングルの未知の薬。
 そこに事業を広げるプロジェクトの為に、俺は東京に単身赴任した。
 だが、機密データ等を運ぶ適任者が見つからず、俺が名乗りを上げた。
 どうせ、打ち合わせで何度も行くのだから、ついでだ。
 止められたが、誰もやる人間が居なく、俺に決定した。
 残り数名は、たぶん、何か会社に弱みを握られている者・・・。
 そいつらは、ろくな警備も無く、ダミーを持たされ囮になる。
 囮だと知らされずに。
 俺自身も、時にはダミーを持たされる。
 最悪の時は、ダミーを捨てて逃げても良い。
 だが、俺は、ダミーを最後まで守り切るかもしれない。
 命をかけて守って、間抜けな襲撃者はダミーと気づかず持ち去る。
 それも面白いと思った。

 だが生憎、そんな事は起きなかった。
 囮が危険な目に会う事はあったが、俺には起きなかった。

 俺は、襲撃され、殺されるのを待っているのだろうか・・・。



 東京に転勤する直前。
 暫くぶりに、あの店に行った。
 
 「横井さん・・・」
 「久しぶり・・・。ちょっと話があって・・・」
 「・・・ちょうど良かった」
 「・・・?」
 「私も、お話があったんです」
 「そう?じゃあ・・・」
 「いえ、そちらから、どうぞ」
 
 店主に促されるまま、俺が先に話す事にした。
 壁に飾ってある「蝦夷萱草」の絵に目をやりながら問いかける。

 「この絵の人には会えたの?一面黄色の花畑で再会の約束をしたんでしょう?」

 彼女は、一瞬動きを止めたが、いつもと同じ口調で答える。

 「さあ、どうでしょうね・・・」

 はぐらかすつもりだ。
 だが俺は、続きを聞かなくてはならない。
 転勤してしまったら、二度と会えなくなる気がする。
 でも、聞いてしまったら・・・
 後には引けない・・・
 俺の精神は壊れるかもしれない。
 そして俺の背負っている重荷を、背負わせることになるかもしれない。

 「俺は知っている。この原野のエゾカンゾウは、一面、黄色になるなんて嘘だ」
 「・・・」
 「そして約束の話も嘘だ」
 「・・・」
 「それが解かるのは、俺が・・・」

 ここまで言ったところで、彼女は、俺のすぐ目の前にグラスを突き出した。

 グラスの表面に、俺の顔が歪んで映っている。
 グラスを通して、彼女の顔がぼやけて見える。
 焦点を外すと、二つの顔は重なりどちらの顔か解からなくなった・・・。

 「ドッペルゲンガーって、知ってますか?」
 「え?・・・聞いた事はあるけど、今の話と何の関係が・・・」
 「ドッペルゲンガーは、自分に瓜二つの人間で、その姿を見ると」
 「死ぬんだろう?だからそれがどう関係が・・・」

 俺は少しイライラしながら、目の前に掲げられているグラスを下げた。
 彼女の手に触れる。
 ・・・冷たい手だ。
 もともと冷たいのか、グラスを持っているからなのか・・・。
 これ以上、誤魔化されたくなくて、俺はその手を離さなかった。
 彼女は離そうとしたが、俺は意地でも離さなかった。

 手を振り払うのを諦めたのか、彼女は、俺の目を真っ直ぐ見つめ返した。
 今まで見た事がない厳しい視線に、たじろぐ。

 「魂のドッベルゲンガーに出会ったらどうなると思いますか?」
 「魂のドッベルゲンガー?」

 俺の手に力が入る。
 いつまで、質問に答えず違うことを言うつもりだ?
 俺も、普段は見せない厳しい視線を返す。
 彼女は、溜息の代わりに、瞬きをした。

 「順を追って話しましょう。あなたの言うとおり、一面の黄色い花も約束も嘘です。でも・・・」
 「でも?」
 「嘘をつく時は、ちょっとだけ真実を混ぜるんです」
 「それは、俺も良く使う手だ」
 「黄色い花の前で出会ったのは事実。でも、一面黄色にはならない・・・」
 「俺が見た花もそうだ」
 「あの原生地で出会った人とは約束なんてしていません。約束しては、いけないんです」
 「・・・約束しちゃいけない?」
 「私とあの人は、魂が似ているんです」
 「魂が似ている・・・」
 「魂のドッベルゲンガーだから、約束してはいけないんです」
 「なぜ?」
 「見た目が瓜二つのドッベルゲンガーは死の暗示。では、魂のドッベルゲンガーは?」
 「・・・どうなるんだ?」
 「魂が、心が死ぬんです」
 「・・・そんなバカな」

 魂のドッペルゲンガー!?
 そんなものが、本当にあるのか?
 魂が死ぬ?心が死ぬ!?
 俺の手は少し緩み、彼女は、グラスだけ残し、手を引き抜いた。
 俺の手の中に、冷たいグラスが残る。

 いつのまにか、彼女の厳しい目線は緩んでいた。

 「約束はしていない。でも、私には、もうひとりの私が居る」
 「俺にも、もうひとりの俺が居る・・・」
 「でも、二度と会っちゃいけないんです」
 「俺は、縁があったら会えると思っていた」
 「あの時のままなら、出会っても何の問題も無かった」
 「問題?」
 「あの時のままなら、私とあの人は『魂の片翼』同士だったかもしれない。だけど・・・」
 「・・・何か、問題が起きたのか?」

 やっぱり、彼女は、俺のすべてを見抜いているのか?
 俺のやった事すべてを。
 俺の背負っているモノを・・・。
 訊くべきではなかったのか?
 いや、このままにしておけない。このままには・・・。

 「私には、魂の片翼が居る。誰とも理解し合えなくても、そばに理解者が居なくても、どこかに魂の片翼が居る。そう心に言い聞かせて、この絵を描き、背負い切れないモノを背負ってきました。それは、すでに臨界点を超えているかもしれない」

 彼女も、俺と同じなのか?背負い切れないモノを背負っている!?

 「彼が、本当に私の魂の片翼なら、私と同じくらい、もしかしたらそれ以上、何かを背負っているはず。もう、全てを分かち合うには、遅すぎるんです。こうなる前に、全てをさらけ出して背負わない方法を見つけなければいけなかったんです。お互いに・・・もっと早く・・・そう、大人になる前に」

 こうなる前に・・・。復讐を始める前に・・・。復讐心を持つ前に・・・。

 「私は、彼と出会えても、名乗る気はありません。私の抱えているモノを全てさらけ出してしまったら、まともな精神でいられる自信がありません。そして、それを、彼に背負わせるのもイヤです」

 俺も、全てをさらし全ての罪を認める事は、そのまま、精神の崩壊へと向かうだろう。
 俺は、罪を認める事も出来ず、償う事も出来ず、奪った命の人数分の苦しみと悲しみと重圧を背負い続けている・・・。生涯誰にも気づかれずに苦しみ続けるはずが、ここでさらしてしまったら・・・気が触れた俺の代わりに、彼女がそれを背負うのか?
 
 「私と彼は、お互いに打ち明ければ、心が軽くなるなんて段階では無いんです。どちらかの心が壊れて、どちらかが相手の分も背負うことになるかも知れない・・・。最悪の場合は・・・お互いを殺すかもしれない、あるいは不本意に多くの犠牲者を出すかもしれない」
 
 二人同時に、魂を壊してしまうことは出来ないのか?
 それでは、救われないのか?
 いや、俺は、救われてはいけない。
 忘れてはいけない。一生、苦しみぬくことを覚悟して、全てを行った事を。
 ・・・彼女も?彼女も救われてはいけない事を抱えているのか?
 ・・・今まで、考えてもみなかった。
 そうだ、俺と彼女は、似ているんだ。
 あの時と同じで、今も、似た状況にいても、おかしくないんだ・・・。

 ああ、いっそ、このまま、二人同時に壊れていくことが出来たら・・・。
 だが、それは許されない。自分自身がそれを許さない。
 それは、彼女も思い同じなんだ・・・。

 俺は、きっと、泣きそうな顔をしている。
 それは、彼女も泣きそうな笑顔を浮かべているから。
 彼女もそれに気が付き、無理に笑った。
 
 「嘘ですよ」
 「え?」
 「魂のドッペルゲンガーの話」
 「魂が死ぬってこと?」
 「魂のドッペルゲンガーなんて存在しない、魂が死ぬって言うのも嘘ですから」
 「・・・おいおい、これじゃあどこまで嘘でどこまで本当か解からないだろう?」
 
 俺も、無理に笑う。
 何故、いままで、気づかなかったのだろう。
 そうだ、彼女が俺に似ているのなら、俺が彼女に似ているのなら・・・。
 今、背負っているものも、似通っているのだろう。

 彼女の言うとおり、俺たちは、名乗りあってはいけないのだ。
 
 「そういえば、俺に、話があったんだよね?」
 「・・・はい」
 「何?」

 俺は、二人の寂しげな笑顔を合図に、いつもの此処にいる自分に戻った。
 彼女も、そうだろう。

 「この店を、閉めようと思ってます」
 「閉店するの?」
 「ええ」
 「・・・そう」
 「これから先のことは、決まってるんだよね?」
 「それは御心配なく」
 「俺も、転勤するんだ」
 「そうですか・・・」
 「単身赴任して。そこから海外出張が増える」
 「それは・・・出世?それとも左遷?」
 「別に、どっちでも良いんだ。俺は何処に居ても何をしても・・・」
 「?」
 「俺には、どこか遠くに、唯一の理解者・魂のドッペルゲンガーが居るから」
 「私と同じですね。私には魂の片翼が居ますから」



 あれから数ヶ月。
 しばらくぶりに、札幌に帰ってきた。
 もう、あの店は無いだろう。
 彼女が今、何処で何をしているのか・・・。
 会社に向かう途中、新聞を数種買い、ざっと目を通す。
 ある見出しに視線が止まる。

 東南アジアの資源物処理場で、人骨の一部が見つかったらしい。
 資源物という名目で、日本から持ち込まれた物に紛れ込んでいたらしい。
 その持ち込まれた物は、産業廃棄物だ。
 現地の業者は資源だと言い張っているが、どう見てもゴミだ。
 日本の多くの業者から持ち込まれていて、何処のゴミか特定できないそうだ。
 見て解かる範囲でゴミの種類が挙げられている。
 建物の外壁の欠片。
 業務用ボイラー。
 灯油ストーブ。
 タイヤ。
 畳。
 事務机。
 工業用ミシン。
 黒板。
 教壇。
 ・・・

 学校の備品?
 まさか・・・。
 佐々木達なのか?

 もし、これが佐々木達の骨で、身元が確認できたら、俺は捕まるのか?
 俺は、たったひとりのまま、取調べ中に、心を壊していくのだろうか・・・。
 それを不安に感じる俺と、それにホッとしている俺がいる・・・。
 
 会社ですることを済ませ、家に戻る。
 妻は仕事に出ている。
 子供は学校から塾、実家、に行くはずだ。
 俺は不安定な心を抱えたまま、一人、外に出た。
 傾きかけた午後の日差しは黄色く辺りを染めていた。
 一面の黄色・・・。
 俺は少し眩暈を感じながら、あの店を探した。
 もう、どこにもないあの店を。

 気が付くと、すっかり日は傾き、景色は暗い青みを帯びていた。
 俺は何をしているのだろう・・・。
 ひとり、薄暗くなった公園のベンチに腰掛ける。
 ああ、ここは・・・、佐々木が通り魔を追いかけた公園だ。
 あの時、俺は、それを遠くで指示していた。
 権藤は、面白がって佐々木を翻弄していた・・・。

 あてもなく歩く。
 どこからか、テレビニュースが耳に入ってきた。
 例の骨の身元が判明したらしい。
 はっとして、辺りを見回す。
 どこから聞こえたか解からない。
 幻聴?
 俺は、携帯電話を取り出しニュースを確認した。

 確かに、骨の身元判明のニュースがある。

 身元は・・・。

 知らない名前だ。
 行方不明中の、どこかの暴力団員らしい。

 俺は、本当に、何をしているのだろう・・・。



 数日後、俺はまた、東京に戻り、南米に向かっていた。
 今回は、打ち合わせだけで、向こうから持ち帰るモノはなさそうだった。
 このプロジェクトが軌道に乗り、データ管理と輸送方法が安定したら、俺の地位が少し上がるようだ。リスクの多い出世の近道を走っていると思う奴らもいるだろう。
 だが、そんなことはどうでもいい。
 どう思われようと、どうなろうと、俺の背負っているモノ以上の苦しみはないだろう。
 
 例の骨は、佐々木達ではなかった。
 このまま誰にも見つからないのなら、俺が、彼らを覚え続けていなければならない。
 いつか、彼らのことは、みな忘れてしまうだろう。
 俺だけは、忘れてはいけない・・・。
 佐々木の彼女は、イラストレーターとして、そこそこ活躍している。
 佐々木が失踪した後に描かれたイラストは、親子三人の後姿。
 その絵から、不安や暗さは感じない。
 きっと、何かを、吹っ切った後の絵なのだろう。
 それは、母になった女性の強さなのか・・・。
 もう、佐々木の事など、過去の記憶になっているのかもしれない。
 九重や藤沢のことは、どれだけの人が覚えているのだろうか・・・。

 いつもの様に鎮痛剤を飲む。
 薬では治まらない痛みが心に澱む。



 一面の黄色。
 俺は眩暈を覚えた。
 自分がどこにいるのか、一瞬、解からなくなる。
 そして、その一面の黄色は、ほんの数秒で消えた。
 見覚えのある景色が夕日に染まり始めていた。
 光の加減で、黄色だけが自分の周りに届いたのか?
 そんなことがあるのか?緑色の夕焼けなら有るらしいが・・・。

 気が付くと、目の前に、小さな少女が立っていた。
 白人ではない。この土地の子供。俺の息子より年下だろうか?
 少女は手に黄色い何かを持っている。
 目が合うと、ぶっきらぼうにそれを突き出し、俺の手に強引に押し付けた。
 それは、数本の黄色い花束・・・。
 俺が受け取ると、少女は少しだけ微笑んだ。
 エゾカンゾウの色に似ているその花と少女の笑顔に、俺も微笑む。
 それは、数秒の出来事。
 少女は、さっと身を翻し走り去る。
 母親らしき女性が遠くで会釈する。
 ああ、そうか、少女の母親は、試薬の被験者だったのか。
 薬草を煎じて飲むよりも、試薬のほうが早く効果が出たのだろう。
 感謝されるのは俺ではない。
 俺が精製したわけでもないし、被験者を選出したわけでもない。
 何故、俺に?
 だが、俺は、この花束ひとつで、ほんの少しだけ心が和らぐ。

 もう一人の俺・・・彼女も、どこかで、ほんの少しだけ心が和らいでいるのかもしれない。
 一生苦しみぬいて罪を背負い続ける為に、魂の片翼を思い出しながら・・・。
 

終り

横井の忘れられない苦しみ。痛み。寂しさ。切なさ。
一生を苦しみぬく覚悟で、最愛のもの達を手にかけた。
幼い頃に出会った「心の理解者」のもう一人の自分。「同じ魂を持つ者」
いや、その魂は半分ずつでふたつでひとつになる。
苦しみも罪も消えなくても、その痛みを解ってくれる人。
だが、名乗りあってはいけない。
相手もまた、彼と同じ様に何かを抱えているのだから。
お互いに解放されてはいけない罪を背負っているのだから。
それでも、自分は一人ではない。
それだけを心に持ち、彼らは離れて生きていく。
背負いきれない罪を、片翼で支えて・・・。

横井に出会って3年、彼の事を思ううちに、こういう設定になりました。
まったく、riverから掛け離れていますが、3年で私の中の横井はこうなっていました。
ひとまずこれで、riverの横井物語は終わります。
ですが、また、なにか横井に思いが募った時は、物語が出来るかもしれません

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