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交錯と改竄

映画『river』の登場人物・権藤健司
彼はどの程度、横井に関わっていたのか
どういう関係で、どういう人物で、どんな過去を背負っていたのか・・・
管理人の思い込みで、ここに記す。

*注意*
かなり長い文章になっています。
映画『river』を、これから見る人、は読まないほうが良いです。
物語のネタバレだけではなく、偏った先入観に囚われるかもしれません。
以上、御了承下さい。
御了承できなければ、申し訳ありませんがお帰り下さい。ゴメンナサイ。

  
 「これで、終りか?」

 権藤はワンコールで切れた携帯の着信記録を削除する。
 圏外の表示に首を傾げる。少し、携帯の向きを変えると圏外が出たり消えたりする。

 「なんだ、ハッキリしない場所だな」 

 豊陵小学校の傍、グランドと反対側の川辺に、権藤は佇んでいた。
 何度も、銃声が聞こえた。
 しばらく静寂が続き、最後に、また、2発、響いた。
 その後、本物の静寂が訪れた。
 証拠は、さっきのワンコール。
 横井からだった。

 権藤は大きなため息を一つつき、ゆっくりと校舎に向かった。

 「どうなったかなぁ」

 さして気になる風でもなく、呟く。
 彼の今回の仕事は『後始末』だった。
 結果はどうあれ、横井を回収する。それが彼に与えられた役割だった。

 未明のうちに、ここまで小杉の車で来た。小杉は、製薬会社内で、重要な役割と目的があったので、権藤1人、ここで待機となった。

 佐々木と九重が到着した時の銃声は、権藤の仕業だった。
 突然、追加された仕事だが、銃を撃つのも握るのも、実感が無いまま無感情で撃った。校舎の中で、廊下のずっと先を狙い一発。当たったのか外れたのか弾の行方は解からなかった。よりいっそう、実感が薄れて行く。

 「こんなもんか・・・。面白くねぇなあ」

 銃は俺に向いてない・・・刃物の方が向いてるか、と思いつつ、グランドと反対側の窓から外に出る。
 窓を閉め、身を潜める。
 誰かが廊下を駆けて行く音が聞こえる・・・。  

 それからどれくらいたっただろう・・・
 横井は上手くいったのか?
 最後の2つだけ、微妙に銃声が違うような気がした。
 生きているのか?
 携帯が鳴った、生きているはずだ。
 横井は、権藤のアドレスを登録していない。記憶しているのだ。その横井からの電話。

 「生きてるなら生きてる、死んでるなら死んでる、とハッキリしてて欲しいな。どっちにしても回収しなきゃいけない・・・中途半端な状態の人間を運ぶのはキツイぜ」

 最後の決戦場所と思われる体育館に向かう。

 「確か、最後の方で、窓から銃弾が飛んで来たはず・・・」

 権藤は、警戒しながら、体育館に踏み入った。


 体育館では、横井が膝を突き、無表情で、倒れている佐々木と藤沢を見つめていた。

 「・・・・・・・」

 横井は、頬に冷たく熱い何かを感じた。
 そっと、手で触れてみる。

 「涙・・・、俺は・・・泣いているのか?」

 涙で濡れた指先を見つめる。血と埃と涙が指先で混ざっていく・・・。

 (すべて終った。皆、死んだ。何もかも、終ったのだ。だが、この涙は?いったい・・・)

 苦しい胸。
 痛い心臓。
 激しい頭痛。
 止まらない涙。

 そこに、権藤が来た。不遜な表情で入ってきたが、横井の顔を見て表情が崩れた。
 手早く、応急処置をする。

 「…横井さん?大丈夫ですか?」
 「…ああ、弾は急所を外れたらしい、平気だ」
 「急ぎましょう。車のキーは?」
 「左のポケット、だ・・・」
 「・・・これですね、行きましょう」
 「その前に、生死の確認を・・・、外にも一人、居る・・・」
 「え?あ、はい」

 権藤は、慎重に佐々木と藤沢の脈を取る。
 そっと首に触れるが、なんの反応もない。呼吸も止っている。

 「・・・死んでます」
 「そうか」
 「外、見てきます」
 「たのむ」

 廊下の窓からグランド側に出た権藤は、どす黒い血の帯を見つけ、それを目で追う。一方はワゴン車へ、一方は校舎の玄関へ続いている。雑草が血にまみれ校舎の方向に倒れている。権藤は校舎へ向かった。
 校舎へと続く上り坂に、玄関にたどり着く事が出来ずに息絶えた九重がいた・・・。
 念の為、脈と息を確認し、横井の元に戻る。

 「・・・彼も死んでいます。・・・行きましょう」
 「ああ」

 権藤は、横井に肩を貸し、ゆっくり立ちあがらせる。
 わりと、しっかりした足取りで、横井は歩く。
 無言で二人は横井の車に向かった。
 風が止まっている。
 鳥の声も、虫の声も聞こえない。
 まるで時間さえも止まっているように錯覚する。

 (止ってしまったこの風景の中で、俺は、まだ、生きているのか?生きていくのか?)

 「・・・車が汚れるな。俺は血まみれだ」
 「俺のジャケットを貸します。車は後でキレイにしますから、あまり喋らない方が・・・」

 権藤は、血で汚れた横井のジャケットを脱がせ、自分のジャケットを着せる。
 横井は、そんな権藤の顔をじっと見つめていた。
 視線に権藤が気が付いた。
 横井は、未だ、涙が止まらない。
 何故、涙が出るのか、横井は解からなかった。

 「・・・横井さん?」
 「ずいぶんと、心配そうな顔をする・・・」
 「・・・」
 「心配しなくても、俺が死んでも小杉が上手くやる。君の事は表には出ない」
 「いや、そんな心配は・・・」

 権藤は困惑した表情をした。
 横井は複雑な笑顔を浮かべた。

 「・・・通り魔殺人までやってくれた君が、そんな表情をするなんてね」
 「喋ると傷口が開きますよ」

 権藤はそっけなく答えて目をそらした。
 視線を合わせないまま、横井を後部座席に横たえる。
 静かに、車をスタートさせる。

 「横井さん、平気なカオしてるけど、本当は、かなり痛いんでしょう?」

 横井の止まらない涙を、痛みのせいだと権藤は思った。
 それ以外に、考えられなかった。考える気はなかった。
 しかし、横井の涙に、権藤は何か不安を感じていた。
 だが、何がどう心配なのか不安なのか、解からなかった。

 (権藤の心配そうな表情・・・あの困惑した表情・・・どこかで見たことがある・・・)

 横井は、傷の痛みをそれほど感じなかった。
 病院に着く頃に痛くなるだろうと思った。
 上手く内臓を避けて貫通した様で、不思議な事に出血も少なかった。

 「赤血球とヘモグロビンが多いんだよ。だから血もすぐ止まるし痛くない」
 「そんなわけ無いでしょう?もう、喋らない方が・・・」
 「冗談だよ。きっと、頭痛で使っていた薬が効いているのだろう」
 「鎮痛剤ですか・・・横井さんのトコの薬なら、効きめは良いでしょうけど・・・」

 権藤は心配そうな表情のまま、車を走らせる。

 「・・・権藤君」
 「なんです?」
 「君の、その心配そうな表情、見たことがある・・・」
 「え?」
 「ずっと、ずっと昔に・・・」
 「昔・・・?」

 横井は、そっと目を閉じる。
 雑多な記憶が、頭の中で交錯して廻る。
 記憶は、徐々に子供の頃に遡る。
 豊陵小学校時代まで遡らず、その手前で、権藤の顔を見つけた。

 「そう、昔、だ」
 「会った覚えは無いですけど」
 「子供の頃だ、君は、ほとんど面影は残っていない・・・。だが、その表情は一緒だ」
 「俺は、道東の小さな町で育った。横井さんと会うはずは・・・」

 横井の記憶の中、権藤は権藤ではなかった。
 学習塾・・・学年が違うのでクラスも違った・・・廊下ですれ違うだけ・・・気にも止めなかった年下の少年がある日、テレビ画面に映し出された。

 「君は、みつい・・・、三井君・・・?」

 横井は、記憶の中の少年を見つめたまま、意識が遠のいていった。


 (ミツイ?誰だ、それは?)

 眠ってしまった横井に訪ねる事も出来ず、権藤は、ただ黙々と車を走らせた。

 「ミツイ・・・みつい・・・三井?」

 イヤな事を思い出した。
 思わず声に出してしまい、横井が起きてしまわないかと気にしたが、彼は静かに寝息を立てていた。

 (あの女、確か、俺を三井に似てるとか言ったな・・・、俺の目の前で自殺した女・・・)



 何年前になるだろう、ずっと以前のような、つい最近のような、曖昧な記憶・・・。
 俺は、夜の仕事を点々としていた。
 ちょっと我慢するだけで金になる仕事を渡り歩いた。
 その時の仕事は、小さな店のホスト。
 ・・・ただ、客が求めれば、それに応じて時間外店外労働もしていた。
 勿論、多額の手数料を店側に持っていかれるのだが、金銭ではない『金目の貢物』が多く、懐が潤った。
 俺に似合いの三流の店の三流の仕事だ。

 ある日、客の一人に、俺は気に入られた。
 いつも指名していたホストが休みで、適当に俺を指名した客だ。
 特定の客と親密な関係になってはいけない。
 それを良く解かっているはずなのに、その女は、やけに俺に言い寄った。
 何故だか解からないが、俺はその女を拒んだ。
 軽く20歳は年上だろうが、年齢が問題じゃない。
 もっともっと年上の女で、時間外の客はいた。

 俺は憂鬱になった。変な風に気に入られたら厄介だ。
 客を取られたと因縁をつけられるのも面倒だ。
 そろそろ潮時で、違う仕事を見つけるかと思ったが、それっきり女は店に現れなかった。
 俺も、職を捜さなくて済んだ。

 だが、忘れた頃に、その女は、俺のアパートに、唐突に現れた。
 夜逃げ同然で逃げて来たが、行くところが無いから置いてくれという。
 いったいどうやってココを調べたんだ!?
 問い詰めると、店が終った俺の後をつけたらしい。
 玄関先で騒がれるのも迷惑なので、とりあえず家に入れた。
 だが、どうしてもその女を、女として見る事が出来なかった。
 その年齢にしては若くて美人だと言っても良いだろう。
 だが、どうしても、俺は、男と女の関係だけは拒絶した。

 女は経営していた店が上手く行かず、借金もかさみ、逃げてきたと言う。取り立て屋がココに来るかと思うとうんざりした。
 それでも、俺はその女を追い出す事が出来なかった。
 俺は表現の出来ない感情を、その女に感じた。
 この感情は何なのか?解からないまま、女を匿う事になったのだ。

 女は、ぽつぽつと苦労話や昔話を始めた。
 俺は半分聞いて半分聞いていなかった。
 だから、どんな話だったか、ほとんど覚えていない。

 何時間くらい話を聞いてやっただろう、俺は、ある話に愕然とした。

 愕然と・・・。
 おかしい、思い出せない・・・俺は何に愕然としたのだ?
 何故、思い出せない??
 思い出すのは、愕然とする俺の顔を凝視する女。
 俺の発した一言に・・・この言葉も思い出せない。

 いいや、違う、この日の出来事、それ事体を、俺は今まで忘れていた。

 何故、忘れていたのか。何故、思い出せないのか・・・。

 この後、何が起きたのか、それは思い出せた。

 俺の一言に顔色を変えた女は、何かを呟き、アパートを飛び出した。

 運が良いのか悪いのか、飛び出した玄関先に取り立て屋が来ていた。
 女は、そいつを振り切り、逃げた。
 取り立て屋が追う。俺も慌てて後を追う。
 高架橋。
 下には何本も線路が敷かれている。
 身を乗り出す女。
 追いつけない取り立て屋と俺。
 自分は最低な女、生きている資格がない、死んで償うしかない・・・。
 そう言って、女は・・・。

 翌日の新聞に、小さく記事が載った。
 借金苦で中年女性自殺、と。
 女には生命保険がかけられていて、受取人は、取り立て屋だった。
 俺に疑いの目はかけられなかった。
 だが、俺は、この手で女を殺したような気分だった。



 妙な事を中途半端に思い出し、すっきりとしない権藤は、病室のベッドの脇に座っていた。三井に似ていると女に言われた筈だが、何時、どんな風に言われたのかも思い出せない。
 横井は「子供の頃」と言った。子供の頃・・・。
 今まで、あまり思い出そうとしなかったので権藤は気が付かなかった。
 子供の頃の思い出が、ハッキリしない。
 小学校3・4年以前の記憶が曖昧で不鮮明なのだ。
 高学年からの記憶は、ある。
 横井に会った事は無いはず。会ったとしたら、それは曖昧な記憶の時期なのか。
 そして、何故、今までこの曖昧な記憶に疑問を感じなかったのか。気にしなかったのか。

 (眠っている時は、ガキみたいに無防備なカオしてるんだな・・・)

 処置を終え眠っている横井の顔を、ぼんやりと眺める。

 (薬が切れたら、また、苦しそうな笑顔を浮かべ目を覚ますのか・・・)

 気がつくと横井の心配をしている。それが何故か解からず、ますますスッキリしない。
 権藤は立ち上がり窓辺に向かった。
 あまり景色は良くない。
 繁華街、雑居ビルと古い家が犇めき合う様に並ぶ場所に病院はあった。
 裏口には高い門扉があり、車がそこをくぐり裏口に達すると、外部からは車が見えなくなる。秘密裏に病人を運ぶのに都合が良い。
 そう、都合良く作ってある病院だった。表からは普通の外科内科医院。
 裏からは救急患者と裏の患者を受け入れる。そういう所だった。

 「・・・運が良い。まさか・・・奇跡?いや、強運なのか、悪運が強いのか、それとも・・・神でも味方をしてるのか」

 神、と言う単語を吐き捨てるように言う。
 そんな者が存在するなんて、権藤は考えた事もない。
 存在しているのなら、俺はもっと救われるし、俺はもっと裁かれるはず・・・。

 「・・・神が味方しているとしたら、それは死神か、魔神かな?」

 その声にギョッとして振り向く。
 いつのまにか、横井は目を覚ましベッドに半身を起こしていた。

 「・・・横井さん」
 「死神には、見放された様だけど・・・」
 「定員オーバーだったんですよ」
 「そうだな」
 「どうですか?体は・・・」
 「さすがに痛いよ。麻酔は、あまり効かない体質なのかな・・・途切れ途切れに先生達の会話が聞こえていたよ。よく、内臓に傷が付かなかったものだ、何故出血が少ないのかと不思議がっていた。この分なら退院も早くなりそうだ」
 「そうですか・・・」
 「藤沢君なんて腹を撃ってあげたから、相当、苦しかった筈だよ」
 「そうですね、腸を撃たれたら、即死するより苦しいって」
 「そうだ、のた打ち回るくらい苦しい筈なのに、彼はよく頑張ったよ」
 「腸から毒素が出て、苦しみもがいて死を迎えるって」
 「俺を撃つ勇気があるなら、もっと早く、その勇気を使ってほしかった・・・」
 「え?」
 「いや、なんでもない、気にしないでくれ」

 (そうか、この人を撃ったのは、俺が通り魔を装い殺した女の婚約者・・・)

 すべて、横井の仕組んだ罠だと気が付いて壮絶な殺し合いになったのか、と権藤は想像した。

 (忘れられない過去を、これで、清算できたのだろうか?これで、すべてが終ったのか?ならば、何故、この人はこんなに寂しげに笑う?)

 権藤は、横井の計画のすべてを知っていたわけではない。過去も聞いていない。ただ、忘れたくても忘れられない過去が、横井にとっては酷く重い事だと認識していた。これだけの計画を要してまで清算したい過去・・・。それは、まだ終わっていないのかもしれない、と権藤は思った。
 そして、得体の知れない不安が、また、膨らんでいく。

 「・・・小杉さんに、さっき連絡を取りました。すべて、手回しするので安心して欲しいとの事です」
 「ありがとう。彼に任せて置けば安心だ。・・・まだ、不安そうな顔をしているね」
 「そうですか?」
 「俺が不安だから、君の表情もそう見えるだけかもしれないが・・・」
 「小杉さんに任せれば安心なんでしょう?何が不安なんですか?」
 「・・・漠然とした不安だよ。人の不幸の上に成り立っている人の幸福を憂いて」
 「・・・よく解からないです」
 「解からない方が良いかもしれない」
 「横井さん・・・話を変えても良いですか?」
 「どうぞ」
 「・・・ミツイって誰ですか?俺は、そのミツイに似てるんですか?」
 「・・・」

 横井は、黙って権藤を見つめ、何かを考え込んだ。

 「車の中で、俺を見て三井って言った、三井って誰ですか?子供の頃って何時ですか?」
 「・・・君に心当たりが無いということは、俺の勘違いで人違いなのだろう」
 「いや、横井さん、あんたは勘違いなんかする人じゃない。確信が無けりゃ要らないことは喋らない。あんたの記憶が正しければ・・・俺はミツイってのに瓜ふたつか、俺がミツイ本人かって事に・・・」
 「君は、権藤、なのだろう?」
 「権藤です」
 「じゃあ、それで良い。俺の勘違いにしていた方が良い」

 横井との解かり難いやりとりに、権藤はイラついた。

 「意味が解かりません」
 「俺の失言だった。君が覚えていないのなら、思い出さない方が良い」
 「思い出すと、何か都合が悪いんですか?」
 「君自身がね」
 「俺が?」
 「そう、せっかく忘れてるのなら、思い出す必要は無い。思い出さない方が幸せだ」

 (思い出さない方が幸せだって?俺がこれ以上に酷い悪事を働いていたとでも言うのかよ?)

 権藤の顔が不機嫌そのものになる。
 横井が、僅かに顔を歪め微笑む。
 その笑顔に、権藤は数秒、金縛りにあったように動けなくなる。
 横井の、いつもの笑顔だった。
 いつもの穏やかな微笑みの中に、有無を言わさないどこか冷たい眼差し。
 逆らい難い笑顔。

 「横井さん、あんた、俺の何を知ってるんですか?」
 「なにも」
 「知らないって言い張るんですか!」
 「・・・困った人だなあ、怪我人に向かって」
 「あ、すいません・・・」
 「君がそれだけ食い下がるって事は、忘れていた何かを、思い出しかけてるのかな?」

 権藤はハッとした。

 (そうだ、忘れていた何かを、俺は思い出しかけている。それは、あの女と関係がある事なのか?)

 「権藤君、俺が知っているのは、三井君という少年が君と瓜2つの表情をしていた、という事だけ。それだけだ」
 「その三井ってガキの事を、教えてくれませんか?」
 「君は、三井って言葉で、何かを思い出したよね?それを先に教えてくれたら、話してあげよう」

 また、横井が静かに微笑む。
 そのゾッとする笑顔に、権藤は怯んだ。

 (戻った・・・完全にいつものこの人に戻った。この笑顔。廃校での表情とまるで違う)

 権藤の頭のどこかで、これ以上聞くな考えるな、と警告が響く。だが、自分の内部からの警告よりも、横井の笑顔に逆らえなかった。

 「良いですよ。・・・俺の事を『三井に似てる』って言った女がいるんです。違う、いたんです」
 「いたと言う事は、今はいない?」
 「死にました」
 「そう・・・。もっと、詳しく話してもらえる?」
 「はい、・・・詳しくも何も、良く思い出せてないんだけど」
 「思い出してる部分だけ、順を追って話して」
 「はい、あれは・・・」

 権藤は、女の事を話し始めた。


 横井は、権藤の話しを黙って聞いていた。

 (そうか・・・、だから、権藤は忘れたんだ。都合良く、忘れたのか。忘れて、苦しみから開放されようとしたのか)

 胸の辺りに不快感を覚えた横井の眼が、一瞬鋭く、権藤を見据える。が、すぐにその感情を隠す。

 「・・・権藤君、子供の頃の事も、忘れているんじゃないかな?」
 「はい・・・」
 「君の生まれと育ちは?」
 「道東です」
 「ご両親は?」
 「俺が幼い頃に交通事故で死んで、俺は親戚をいくつか回されて、結局、遠縁の婆さんの所に着たと、その婆さんに聞かされています・・・」
 「子供の頃で思い出せる事は何?小学校の修学旅行は?」
 「覚えています。網走刑務所に行って・・・」
 「5年生のキャンプは?」
 「学校のグランドで、夜中にこっそり校舎で肝だめしを・・・」
 「じゃあ、4年生は?」
 「4年生・・・」
 「遠足とか、初めての委員会とか、クラブとか」
 「ああ、アイスホッケーを、4年の冬からやりました。中学ではやらなかったけど」
 「問題は3年だな」
 「3年・・・」
 「思い出せるかい?3年生の事。2年ごとにクラス替えをする学校もあるけど」
 「クラス替えは・・・5年の時にありました。3年は・・・覚えてないです」
 「担任の先生や、入学式の事は?幼稚園の事は?」
 「・・・・・・4年の時の担任はアイスホッケー担当だったから覚えています。が、おかしいな、3年の時も同じ先生だったのか?・・・入学式は・・・覚えていない・・・幼稚園は、・・・通ったどうかも解かりません・・・」
 「友達は?」
 「いっしょにイタズラをした悪友が、アイスホッケーを始めてから・・・」
 「そう、だいたい解かったよ」
 「え?」

 (やはり、権藤は小学3年のあの事件以前の記憶が無い。それは、事件後すぐに無くなったのか、それとも、その女に再会してから、その記憶を無くしたのか・・・。そうか、その女が死んだから、記憶を無くしたのか。無意識か、それとも意識的に記憶を改竄したのか・・・)

 横井は、じっと権藤を見つめる。
 権藤は金縛りにあったように動かない。
 横井が寂しげに冷たく微笑む。
 権藤は、催眠術にかかっているかのように、何故か素直に横井の質問に答えていた。

 「権藤君。これは本当に思い出さない方が良いかもしれない」
 「・・・」
 「思い出さない方が幸せかもしれない」
 「・・・」
 「どうする?俺の知ってる話を聞きたい?」
 「・・・聞かなければ、俺は、ずっとこの可笑しな不安に苛まれるんでしょう?」
 「きっとね。・・・ずっと不安だったの?」
 「解かりません。漠然とした不安があって、それが、あの廃校から・・・」
 「明確な不安になった」
 「そうです。だから、聞かせてもらえますか?聞かないと俺は・・・」
 「可笑しくなりそうかい?どうにかなりそうかい?」
 「・・・はい」

 (中途半端な記憶の改竄・・・そのせいで常に何か不安を感じていたのかもしれない。それが些細なきっかけで思い出しそうになって、より強く不安になっている。そうだ、彼は漠然とした不安を打ち消したかった。危ない橋を渡り自らに違う刺激を与え、その不安を誤魔化して面白可笑しく生きてやろうと、適当に生きてるように見せかけて必死に生きてきたのだろう)

 横井は冷たい視線を権藤に送る。
 権藤は、何故そんな目で見られるのかと、もっと不安になる。

 「横井さん?」
 「ああ、ごめん。どっちが幸せなのかなあ。思い出すのと、忘れたままと」
 「・・・教えて下さい」
 「自分で思い出すのが一番なんだけど・・・。まあ、いいよ、不安げな権藤君を見てても楽しくない」

 (そうだ、自分一人だけ、忘れるなんて、ずいぶんと都合が良すぎる。だが、自分で思い出さないと言うことは、無意識に自分自身を守ろうとしているという事か・・・。俺が、それを、今、壊してしまうのか・・・壊したら、権藤はどうなる?)

 横井は、目を閉じて、呼吸を整えてから、静かに話し出した。


 なかなか教えてくれない横井に、権藤は不安を募らせていた。

 (この人は、いったい何を知っているんだ?何を躊躇する?そんなに話したくない事なのか?それは、何故話したくないんだ??)

 「権藤君、これから、俺の知っている三井少年の事を話そう。俺は、小学5年の2学期から通った学習塾で三井君と出会った・・・」
 「・・・」



 俺は小学5年生の2学期、学力を回復する為に学習塾に通っていた。
 え?ああ、父の仕事の都合で一時田舎の学校にいた時に、そこレベルが低くて、学力が落ちたんだよ。

 ある日、塾に行く準備中、夕方のテレビニュース画面に、見た事のある顔を見つけた。 そのニュースは、闇献金や汚職疑惑等、過中の政治家の第一秘書の葬儀の様子だった。遺族と思われる子供が写った。それは塾で何度か見た事がある顔だった。

 それは3年生の少年だった。その時まで名前も知らなかった。
 学年が違うから話をした事が無いけれど、確かにそれは塾で見た顔だ。
 テレビの中の彼は、やけに不安げで何を信じて良いか解からないといった表情だった。そして、マスコミから守られる様に大人達に囲まれて、カメラの前から消えていった。

 それっきり、彼の姿を見る事が無かった・・・。

 その後、塾の送り迎えの親達の会話を聞いた。
 俺の行っていた塾は、親が送り迎えをするのがあたりまえだった。
 車で待つ親もいるけど、玄関で待つ親達は、大抵、井戸端会議をしている。
 その中で言っていたよ、「逃げ切れなくて死んだのでしょう?」「いいえ、罪を被せられて殺されたのよ」「自殺でしょう?」「変死ですよ」なんてね、無責任な会話だよ。
 結局、新聞に載っていた答えは「自殺」「すべては第一秘書の仕業だった」「死んで償った」となっていた。

 自殺した第一秘書の名前は三井。
 その一人息子が、三井君だ。
 代議士の方は証拠も何も無く捕まることは無かった。
 第二秘書は、その後、第一秘書になって代議士の娘と結婚、活躍をした。
 だが、代議士は女性関係で失脚。その後の選挙で落選、政界から去った。

 そうだ、三井君の母親も姿を消したらしい。

 俺が知っていたのは、それだけ。
 これ以上の事は・・・推測にしかならない。



 権藤は不安げな表情で、横井の話を聞いていた。
 横井は僅かに笑みを浮かべ、権藤の表情の変化を楽しんでいた。

 (その三井ってガキが俺なのか?小学3年で父親に自殺された子供・・・母親はどうしたんだ?)

 「横井さん、その三井が、俺なんですか?」
 「顔はそっくりだね」
 「?さっき、面影は無いって・・・」
 「君の顔は、三井君の面影を残していない。でも、君の顔は自殺した三井君の父親の顔にそっくりだ。テレビと新聞で見た顔にそっくりなんだよ。今まで、そんな事件は忘れていたけど、君の不安げな表情で、ずいぶんと古いことを次々と思い出したよ」
 「そんな、20年近く昔の事を・・・」
 「良く覚えているなって言いたいんでしょう?権藤君。俺だって、要らないことは忘れてしまいたい。でも、記憶は全て、どこかにきちんと保管・管理されているんだ。要る物と要らない物を分別して、要る物はいつでも出せるようになっているんだ。要らない物は出てこないように厳重に管理封印される。それを『忘れる』と言うんだ。意図的に、または無意識に『忘れる』こともある。俺は、あの頃、暇な時間を作らない様に勉強し続けた。勉強が終れば新聞やテレビニュースに齧りついた。繰り返し頭に入ったんだよ、三井秘書の事が。その記憶はすぐには必要じゃなかったが、こうやって出てきた。重要度数は低くても必要な物として保管・管理されていた。そういうことだろう」
 「え、それは・・・」
 「良く解からなくてもかまわないよ、今はそんな事はどうでもいい、話を元に戻そう」
 「・・・代議士秘書の三井に似てるって事は、その子供の三井が、俺かもしれないんですね?」

 横井が黙る。そして、まるで意地悪をする子供のように、微笑む。

 「年齢は合う。父親に顔も似ている。表情も子供の頃にそっくりだ。だが、まだ足りないから確定できない」
 「何ですか?」
 「君を三井に似ていると言った女だ」
 「あ・・・」

 今度は三井が黙る。

 (あの女、秘書三井と、どういう関係だったんだ!?店の客が三井だったのか??それとも愛人?あの女、何て言っていた?ダメだ・・・思い出せない・・・)

 「・・・君に仕事を頼む上でね、少し調べていたんだ、君の事。それも聞きたいかい?」

 権藤は息を飲む。頭のどこかが鈍く痛む。
 横井が、凶悪な笑顔を浮かべている・・・。

 (俺は、思い出してはいけない事を、思い出そうとしている・・・。この人は、それを楽しんで見ている?)

 「君が危険な仕事をするようになった理由が知りたくて、最後に勤めていたクラブにも探りを入れたんだ。原因と思われたのは、目の前で死んだ女だと判断した。その女の事も、君の勤めていたクラブから聞いている。ついさっきまで、無駄な事を調べてしまったと思っていたんだけどね」
 「・・・え」
 「君、あまり他の従業員と交流が無かったね?」
 「どうせ飽きたら辞めるつもりだったから、付き合うのは面倒で・・・」
 「君は知らなかっただろうけど、常連客だった女は、お気に入りの子に口を滑らした。『昔、亭主を裏切って落し入れて死なせてしまった。でも、手を組んだ愛人にも捨てられてこんな生活をしている』とね」
 「裏切って落し入れて・・・死なせた・・・」

 権藤の唇が震える。

 「ほかにも、こう言っていたそうだ。『あの子、その亭主に似てるわ。そっくりだわ』」
 「嘘だ・・・」
 「君が聞きたいと言った」
 「嘘だ!・・・ウソだと言ってくれ!」
 「迫ってきた年上の女を拒絶したら、もともと精神的におかしくなっていた女がショックを受けて傷付いて、目の前で自殺をした。それに君もショックを受けて、こんな生き方を始めた。ただ、それだけで通り魔までやってくれるとは思っていなかったけど」
 「うそだ!!・・・もう、やめてくれ・・・」
 「通り魔を依頼した時、俺は言ったよね?殺さなくても良い、とどめは俺がするからと。でも君は、一人殺すも二人殺すも同じだと言った。君はすでに一人殺した風な言いまわしをした。それは、その女を、自分が殺したと思っていたんだろう?俺はこの時、女を殺したのは君だったと判断した。そこから歯車が狂って危険な仕事に身を置くようになった。と判断した」
 「ちがう・・・、俺は・・・」
 「忘れたはずなのに、誰かを殺したと、心のどこかで覚えていた。でも、何故、その女の事を今まで忘れていたのか・・・」
 「違う!・・・俺は、殺しちゃいない!!」

 権藤は、横井に掴みかかる。
 唇も、指も、振るえている。上手く力が入らない。
 横井は、軽く、手を振り解く。

 「権藤君、怪我人に何をするんだい?」
 「俺は、俺は三井じゃない。俺は・・・」
 「思い出したようだね」
 「違う。俺は、あの女の・・・子供なんかじゃない!!」
 「やっぱり思い出したじゃない」
 「ちが・・・」
 「君は、母親を殺した。その罪に耐えきれず、その記憶を自ら消した。そして思い出も全て消した。いいや、消し切れなくて、僕の言葉で思い出しかけて、都合良く改竄した記憶を引き出した。そんなところかな」
 「殺してない!あれは、勝手に飛び降りたんだ!!」
 「・・・それも改竄した記憶だったら?」
 「え?」
 「君が思い出した記憶は、勝手に飛び降りる母親。でも、それは真実?」
 「そんな・・・」
 「君が、突き落としたイメージも、頭の中に残ってるんじゃないかい?」

 権藤の頭の中に、複数のイメージが同時に浮かぶ。
 女を突き落とす自分。女を突き落とす取り立て屋。女ともみ合う取り立て屋。自分ともみ合ってはずみで落ちてしまう女・・・。
 どのイメージが正しいのか。何が真実なのか。何が正しいのか。権藤は解からず、頭を抱えて床に崩れた。
 女の顔が若くなる。今まで忘れていた母親の顔に変わる。母親は黒い服を着ている。母は、見覚えのある男と笑顔で話している、父の葬儀なのに。棺の中の父は、権藤に似ている・・・。棺の中の父の頬に涙が流れた。父が目を開ける。父の姿が横井に変わり冷たく微笑む・・・。

 「何が、真実なんだ?何が正しいんだ!?横井さん!!」

 権藤は、顔面蒼白で、取り乱す。記憶も想像も妄想も頭の中で交錯している。
 それを、横井は覚めた目で、見つめている。
 そして、いつもの様に微笑む。

 「落ちついて、権藤君。・・・少し悪ふざけしすぎたよ」
 「悪ふざけ!?悪ふざけだって!?」

 権藤は、横井の冷たい笑顔に、握りかけた拳を開いた。

 「そう、目撃者が複数いたんだ。母親の死は「自殺」だ」
 「自殺?・・・俺は殺していないのか?」
 「殺していない」
 「・・・良かった」
 「でも、殺したようなものだろう?」
 「な・・・」
 「殺したようなものだったから、実際に殺したイメージを持ってしまった。罪の意識に苛まれた君は、自分の精神の平定を図るべく、その出来事を忘れた。だが、それも不完全で、死んだ母親のイメージは頭のどこかに残った、その頭の中の映像を擦り替えたくて、通り魔を引き受けた。誰かを実際に殺せば、そっちの方が強いイメージで頭に残るはず。それで、君は通り魔殺人を引き受けた」
 「俺は、そんな事を考えて通り魔を引き受けてない・・・」
 「では、何故、通り魔を引き受けた?」
 「それは・・・」
 「解からないでしょう?」
 「そんな・・・」
 「君はね、不完全な忘却から思い出しそうな罪を、別の罪で塗り替えて記憶を改竄して混濁させて、あわよくば忘れてしまおうという人間なんだよ。意識的にやった訳じゃない。無意識にそれをやる人間なんだ」
 「ちが・・・」
 「忘れてしまいたいよね。父を裏切った母。自分を捨てた母。再会しても息子だと気が付かず関係を迫ってくる母。君も母親だと気が付かなかった。気が付いたのは何時?愕然としたって時?母親だって気が付いて『ママ』とでも言ったの?そこで、やっと母親も気が付いたんだろう?だから、自殺したんだ。君の目の前で。酷い女だね。最後の最後にまで、君を傷つけていった」
 「やめろぉ!!頼むから、もう、やめてく、れ・・・」
 「知りたいと言ったのは、君だ」
 「・・・うぅ・・・」

 権藤は、床にうずくまる。

 (俺が忘れていたのは、これだったのか・・・。この人の言う通り、思い出さないほうが良かった。忘れていれば良かった。こんな事、忘れていれば・・・忘れて・・わす・・・)

 権藤は、横井から何度か刺すような冷たい視線を受けた事を思い出した。

 (そうだった、ここに来てから、この話しを始めてから、冷たい目で見られた。俺は・・・忘れたくても忘れられない記憶を持つこの人に、せっかく忘れている事を「思い出したい」と言ったんだ・・・。忘れられない苦しみを持つ人に、思い出したいと・・・。俺も、同じか、あの女と同じで、誰かを傷つける事しか出来ないのか・・・
 今まで、何人の人間に薬を売ってきただろう。
 そのうち何人が入院しただろう。
 何人が警察沙汰を起こしただろう。
 何人が人生を狂わしただろう。
 そして、通り魔になりすまし殺した女・・・残され傷付いた者はどれだけいたのか。
 俺は、母が死んだあの時から、自分の心を守るために、人の事など何も考えずに生きてきたのか・・・)

 「権藤君、殺してもいい人間も殺しちゃダメな人間もいない。君が誰を殺しても、同じなんだよ、『人殺し』なんだよ。罪は他の罪に擦り替えられない。罪は加算、乗算していくんだ。・・・なんてね、俺が言えることじゃないね」

 権藤は顔も上げず、横井もまた、床に視線を落とした。


 暫らく、うずくまったまま権藤は動かなかった。
 泣いているのか?時折、嗚咽が漏れる。

 「少し、言いすぎたかな・・・」

 横井は、権藤に気がつかないくらい小さなため息を漏らす。

 (何故、俺はこんなにも、要らないことまで覚えているのだろう?今まで結びつかなかった権藤君の素行調査表と三井少年。あの不安そうな顔だけで、三井少年とその父親の自殺を思い出した。そして素行調査表の中の女の言葉に繋がった。我ながら嫌になる・・・)

 窓の外を見る。埃っぽい街が見える。

 (俺は、今日の事も、きっと忘れる事が出来ないだろう。一生、忘れる事が出来ないだろう・・・)

 自分の思うまま、ほぼ計画通り、事は進んだのに、胸が苦しい・・・。
 辛い思い出は、より辛く思い出し、美しい思い出も、より美しく鮮明に思い出す。
 どちらも同じ顔ぶれ、最愛の同級生・・・。

 (俺は、本当はこんな結果を望んでいなかったのかもしれない・・・。
  俺は・・・本当は、何をしたかったのだろう・・・。
  ・・・ここ半年、幾つ、死に関与した?
  幾つ、直接手を下した?
  被害者の遺族は何人いる?
  何人、不幸にした?
  俺は、今、幸せなのか?
  転がり始めて止らない復讐の歯車は、もう、止ったのか?
  一つ、また一つ、復讐が進んでも、胸の痛みと頭痛は増すばかりだった。
  本当にこれで良かったのか?本当にこれで・・・)

 視線に気が付き、横井が権藤のほうを向く。
 不安げな、少年時代と同じ表情で横井を見つめている。
 権藤がこんな風になるのは、まったく予定外だった。

 (ここに、今、いるのは権藤君では無い・・・)

 「・・・三井君?」

 横井の問いに、権藤が子供のようにうなずく。
 横井が哀れむような目で見ても、権藤は不安な顔のまま見つめている。

 「三井君、怖いの?不安なの?・・・そうか、おいで、ここに」

 横井が優しく声をかける。権藤が素直にベッドの脇に進む。

 「ここに、座って」

 権藤は、素直に言われるまま、ベッドの脇に、横井の手が届く所に座る。

 「苦しいの?辛いの?」
 「・・・」

 権藤がうなずく。横井が、そっと手を差し伸べ、権藤の髪に触れる。

 「心配しなくて良い。苦しいのは、君だけじゃない」
 「ぅ・・・」

 権藤は、ベットに顔をうずめる。
 横井は、そっと権藤の頭をなでていた。
 優しい言葉と行動とは裏腹に、横井の目は冷めた色を浮かべていた。

 「その苦しみから、開放してあげようか?新しい薬があるんだ。まだ、誰も使っていない。君が一番最初だ。さあ、どうする?」

終り

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なんて酷い設定にしてしまったんでしょう(汗)
そして、横井は、なんて酷いんでしょう(大汗)
最後の横井は悪人なのか善人なのか・・・。
他人の不幸の上にある自分の幸せは本当の幸せなのか?
この二人は捕まろうが捕まらまいが、どちらにしても幸せになる事はない。
横井は一生涯、大切な人達を自らの手にかけた苦しみを背負って行く。
償う事も選べず、死ぬ事も選べず、誰にも苦しみを気付かせずに。
権藤も、それに似通った苦しみを背負って行くのか、
それとも、彼は心を壊すのか、それとも、あの薬に翻弄されるのか・・・。

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