邂逅ーkaikou−

ポケSPではロケット団の幹部になっているナツメの
子供の頃、ロケット団に入るきっかけとなった話です
ここでのサカキの設定は「Force」と同じです。
(Forceエピローグ の数年後を設定しています)

  

 一瞬のうちに、跡形もなく一つの街が消えた。
 街と呼ぶには小さすぎる人口200人ほどの小さな集落。
 しかし、その街がそこに存在して消滅した事を知るものは少なかった。
 そこは地図にも載っていない、道路も通じていない、極秘研究の為の場所だった。

  


  

 『……白い、白くて四角い……なんだろう?……私は何をしているの?』

 目に映るのは、四角い白い天井。
 少女の耳に聞こえるのは、知らない声。
 若い男の声と、どこか面倒そうな女の声が聞こえる。

 「……検査はこれで一通り終わりです。詳しい結果が出ないと何とも言えませんが」
 「どこにも異常なし、でしょう?」
 「まあ、白血球が少し多かったくらいで」
 「それも検査をするうちに平常値になってしまったのでしょう?」
 「実験して良いのなら、いくらでも条件を変えてデータを取るんですが……」
 「我々の研究に直接関係はありませんからね。ムダな事はしたくありません」
 「では、どうしますか?」
 「記憶も途切れ途切れでは、事故の原因だって調べようがないし……研究所のデータは定時ごとに送られて来てたのだから、空白の数時間の事を調べなくとも研究に差し支えはないでしょう?」
 「しかし、事故原因は解明しておかないと……」
 「同じ失敗を繰り返すって言うのでしょう!言われなくたってそんな事解っています!」

 白衣を着た女は、苛立たしげにベッドの方を見た。
 横たわっている少女と目があう。

 「……何か思い出した?」

 少女は小さく首を振った。

 「ほら、自分の名前さえ思い出せないのだから、役に立たないでしょう?検査結果が出たら本部に報告して処分するようにしますから」
 「処分するって……」
 「処分よ」

 そう言って、白衣の女は部屋を出ていった。
 残された男は、難しい顔で少女の方を見た。
 その男も白衣を着ている。

 『病院みたいだけど、病院の匂いがしない所』

 と、少女は認識していたが、どこにいるかは、解らなかった。

 「名前も思い出せないの?」

 男が訊く。

 「……うん。あの……処分って、何?」

 話の内容が理解できなくても、自分の話だという事は解る。

 「まだ決ったわけじゃあない……。それより、最後に見た事、思い出せないかな?」
 「……」
 「同じ事でも良いから話してくれないか?話しているうちに思い出すかもしれないし」
 「恐い……」
 「え?」
 「よく解らないけど、恐かった。……寒くて、暑かった。そして真っ白になった……」

 最後に見た事で、少女が覚えているのはそれだけだった。

  


  

 少女は、小さな街に住んでいた。
 両親がいたが、二人とも研究所に働きに行って遅くまで帰ってこなかった。
 同じ境遇の子供たちも何人かいて、いつも一緒に遊んでいたので寂しくはなかった。学校は無かったが、塾のような所で勉強はしていた。
 その街では、大人は皆、同じ研究所で働いていた。子供がいる家庭は少なく、単身で住んでいる者がほとんどだった。

 研究の為だけに極秘に作られた街。外界とは、まったく遮断され必要な物資は本部から飛行船などで空輸される。一般の人は誰も知らない。
 研究者達も、親類縁者とは縁を切った人間ばかりだった。

 とても残骸と呼べないような、真っ白な灰のような物だけを残し、その街が消えたのは一週間前。実験動物も、研究者も、子供たちも、建物も、灰と化してしまったのだ。
 灰状の物の分析の結果は、摂氏1000℃以上の高温と絶対零度近くの低温に、繰り返し焼かれた上、何らかの圧力が加わった、と仮説された。

 少女は、たった1人の生き残りだった。
 しかも、まったくの無傷で。

  


  

 少女が黙り込むと、男は小さな溜息をついた。

 『処分か……俺がやらなきゃいけないのか?モンスターは、何度も処分したが人間か……。気が重いな。自分で始末すれば良いだろう』

 そう考えた時

 「処分って始末の事?始末って、片付けること?」

 ふいに少女が起きあがって訊いた。考えている事を見透かされて男は、うろたえる。

 『片付けるって?殺されるって解ってるのか!?』

 男の考えに反応する様に、少女は僅かに震えた。が、すぐに無表情になり下を向き黙り込んだ。

 「結果が出たら……また、来る」

 そう言って、男も部屋を出ていった。
 一人きりになった少女は青白い顔で震えた。
 少女は、耳に聞こえない声を聞いていた。

 『処分するらしいぜ。あの子』
 『実験動物ならともかく、人間だしなぁ……気が重いよ』
 『それしかないんだろう?我が組織はその辺の低俗なヤツらみたいに、人身売買はしないし』
 『世間じゃ売れるってか?あんな子供が?』
 『臓器売買だよ。生きたままで売った方が都合が良いだろう』
 『組織の化学力なら、そんな事しなくたって臓器くらいすぐ造れるのに』
 『人間のじゃないけど、人間に使える物をな』

 「何?誰もいないのに、何で聞こえるの!?売るとか殺すって、私のこと?」

 耳を塞いでも聞こえる声に、少女は怯えた。

 「どうして?どうして殺されるの?私が何をしたの?……やだ、いやだ!」

 少女はベッドから飛び降りると、ドアを開けようとした。
 当然カギはかかっている。

 「やだ、いやだよ。なんにも思い出せないで、何で死んじゃうの?逃げなきゃ、どこか遠くに逃げなきゃ」

 必死にドアを開けようとする。か細い手首が痛む。

 「痛いのもイヤ!!」

 バン!

 奇妙な音とともにドアノブが裂けて、ドアが開いた。
 変だとは思わず、廊下へ飛び出す。
 異変に気づき、研究者が現われる。

 「おい、お前!なぜ外に出てるんだ!?」

 逃げようとしたが、すぐに追いつかれ腕を捕まえられる。

 「やだ、帰る。私、帰るの!」
 「帰る所なんて無いだろう!さあ、戻るんだ」

 捕まえている手に力が入る。引きずられる様に歩かされる。研究者の白衣には血がついている。ついさっきまで動物実験をしていたのだ。

 血を見た少女は、目の前が真っ白になり、そして真っ赤になった。

 その瞬間

 「ぎゃあああああ!!」

 少女を押さえていた研究者が弾き飛ばされ、壁に激突し自らの血で白衣を赤く染めた。声を聞き駆けつけた研究者達も、同様に弾き飛ばされ悲鳴を上げる。

 悲鳴と、血と、うめき声。あの時と同じだった。

 「やだ、もうやだ、いやあ!!」

 その叫び声に合わせるように、天井と壁が弾けて崩れる。
 その場にいたすべての人間は生き埋めになった。
 そして、少女はその場から消えていた。

  


  

 サカキは、デスクの上の書類に目を通した。いつもと変わらない書類の中に、違う物が混ざっていた。

 「第48研究所壊滅後の処理、か。回収できるような残骸はなし。生存者の身元判明・名前はナツメ11歳、両親は科学者と研究員……出身地と家系図?」

 ピー。

 電話の呼び出し音がなる。

 「私だ。検査結果が出たか?では追加の検査を……何!?施設を壊して逃げた!?……解った、施設の修繕は任せる。被害の状況は?……そうか。追っ手は誰が?見つけても手は出すな、普通のトレーナーとモンスターでは無理だ。……私が行く」

 通信を切ったサカキは、自室を出ると研究室Dに入った。
 薄暗い室内には幾つかモンスターボールがあり、モンスターはすべて眠っていた。
 研究員が1人、部屋を管理していた。

 「サカキ様、わざわざお見えにならなくとも、モンスターが必要でしたら準備をしてお持ち致したのに……急用で?」
 「そうだ、先日捕まえたばかりのヤツが欲しい」
 「まだ、慣れていませんが、宜しいのですか?」
 「危険なのは知っている。だが、そいつじゃないとダメだ」

 研究員は、そっと、起こさない様にモンスターボールを持ち上げ差し出す。

 「訓練どころか、人間にも慣れていません。暴走しますよ?」

 サカキは不敵な笑みを浮かべた。

 「それが目的だ」

 そう言い、サカキはモンスターボールを受け取った。

 「……お気を付けて」
 「いらぬ心配だ」

 部屋を出るサカキに研究員は一礼する。
 ドアが閉まり、研究員は一人になってから呟いた。

 「長年お仕えしているが、サカキ様の行動と心は読みきれない。モンスターの方が扱いやすい……」

  


  

 誰もいないのに声が聞こえる。耳を塞いでも聞こえる。
 それが耐えきれなくて、思いきって人ごみの中に少女は……ナツメは逃げ込んでいた。

 「ここなら、本当の声と混ざって解らないはず……」

 どこをどう走ったの憶えていない。気がついたら街外れにいた。
 研究施設を、どうやって出たのかも解らなかった。暗い森を走ったような気もする。
 時々、通行人がナツメを振りかえる。

 『なに?あの子。病院服?』
 『見ちゃダメだ』

 そんな声が聞こえる。確かに彼女は白っぽい検査服のような服に、裸足だった。
 自分の格好に気が付き、ナツメは細い路地に身を隠した。

 非常階段の横に腰を下ろし、考え込む。少しだけ記憶が戻って来ている。

 「あの時も同じだった……モンスターが暴れて、熱くて、冷たくて、人がたくさん倒れて、血だらけで……そして目の前が真っ白になって……」

 ナツメは、考え込んでいたせいで、聞こえる声を気に留めていなかった。いつのまにか近づいている人間がいることも……。

 「おい!小さいねえちゃんよお。ここが誰のシマか、わかってんのかぁ?ああ?」
 「わかってないんじゃねえの?こんなに小さいんだから」
 「どっかから逃げて来たって感じだなあ。ねえちゃん、これからどうするんだい?」

 ガラの悪い男達が、ナツメを取り囲んでいた。

 「何だぁ?ビックリして声も出ねえか?行く所無いんだろ?その様子じゃあ」
 「俺達が、連れてってやろうか」
 「良い所に」

 『何だ、まだお子様じゃあないか』
 『やっぱり、臓器だな、売れるのは』
 『どこから逃げたんだか知らないが、運の無い子だ』

 耳に、頭に、声が聞こえる。男達の考えまで伝わってくる。

 「やだ、行かない。ほっといて……アタシにかまったら、おじさん達……」
 「ん?何だって?ねえちゃん」
 「……死ぬかもしれない」

 『そう、さっきみたいに……人が飛んで血だらけになって建物が崩れて……』

 「あはははははは!!何言ってんだあ?こいつ」
 「面白いじゃないか、へえ〜どうやって殺すんだい?」
 「嘘ついちゃあイケナイよなあ」
 「……ウソじゃない。だから、ほっといて」

 男の1人が乱暴に襟元をつかみ、ナツメを立ち上がらせる。そして、ニヤッと笑うとそのまま彼女を壁に押し付けた。

 「じゃあ、見せてもらおうか。殺す所を」

 ナツメは目を合わせず、下を向いている。体は小刻みに震えている。

 「いいかげんな事を言って逃げようとしたってダメなんだよ!」

 男の左手が、ナツメの頬を打つ。その手が首にかかり、彼女は無理やり顔を上げさせられた。

 「こっち向けよ。目をそらすな!」

 目を合わせたまま、ナツメは恐くて動けなくなった。様子を見ていた他の男が笑う。

 「おいおい、子供相手に何する気だぁ」
 「……よく見ると美人だぜ。もうちょっと育ってればなあ」
 「あんまり虐めると、死んじまうぞ」

 『イヤだ……殺されるのは、イヤ!』

 ナツメは目の前が真っ白になるのを感じた。

 『ああ、また、人が血だらけになるんだ……』

 そう思った時、違う男の声が、低くて落ちついた声が、ハッキリと聞こえた。

 「こんな連中に、お前の力を使うことは無い。ナツメ」

 男達が振り向く。黒いスーツの男が立っていた。ナツメは目の前が赤くならずに済んだ。

 「何だお前は?見かけない顔だなあ」
 「お前達に名乗る必要は無い」
 「何だと!!俺達が誰か解って言ってるのか!!」
 「お前達がどこの誰だろうと関係無い」

 黒スーツの男は不敵な笑みを浮かべた。
 その途端、男達は何者かの攻撃を受けた。
 あまりの速さに、何に攻撃されたか解らなかった。

 「何!?」
 「うわああああ」
 「ぎゃあああ!」

 攻撃しているのは、モンスターだった。あっという間に男達は、地面に倒れ、うめいている。

 「止めは刺さない、後は好きにしろ。と言っても、しばらく動けないか……」

 黒スーツの男は、フッと鼻で笑う。

 「死なずに済んだことを、感謝するんだな。後遺症は残るかもしれないが、自業自得だ」

 黒スーツの男は、ナツメの方を見た。彼女は怯えていた。あっという間に数人の人間を倒してしまうモンスターを持つ男に怯えていた。
 男は彼女に近づかず、声をかける。

 「探したぞ、ナツメ」

 震える声で、ナツメは答えた。

 「あたしは……あたしの名前は、ナツメなの?」
 「そうだ、お前はナツメだ。思い出さないか?」

 男が近づく。

 「来ないで!あなたは、誰なの?」
 「私は、サカキ。お前の両親が働いていた研究所の、研究の街の、オーナーだ」
 「お父さんとお母さんのいる研究所?」
 「そう、お前は科学者と研究員の子供だ」
 「研究所……壊れた研究所……あたしが、あたしが、壊した?」
 「まだ、記憶が混乱して思い出せない様だな」
 「研究所を壊したから、人もいっぱい死なせたから、さっきの建物も壊したから……」
 「少し思い出したか?それは不可抗力だ。お前のせいではない」

 もっと近づく。ナツメの恐怖が臨界に達した。目の前が真っ赤に染まる。

 「いやあ!来ないで!!仕返ししに来たんでしょ!?来ないで!!」

 一気に、ナツメの力が放出され、サカキは真後ろに弾き飛ばされる。
 だが、彼のモンスターが、待ち構えていた様に受け止める。

 「もう、いや……誰も、誰も傷付くのを見たくないのに……いや、いや……もう誰も死なせたくないのに、痛いのも苦しいのもイヤ、もう誰も近寄らないで!!」

 ナツメを中心に暴風が吹き荒れる。先ほどの倒れた男達も、風に巻き上げられどこかに飛ばされる。サカキとモンスターは風に耐え、力に耐えていた。周りに乱雑に置かれていたダンボールやガラクタがいとも簡単に飛ばされ壊される。

 「ナツメ、お前は人殺しではない。だから落ちつけ!」

 サカキはそう言うと、モンスターボールを取り出し投げた。
 それは風の隙間をぬけ、ナツメの目の前で開いた。混乱していた彼女は目の前に突然現われたモンスターに、さらに混乱する。

 モンスターも、ナツメの目の前に投げ出され、混乱していた。
 そしてナツメと同じように暴風を巻き起こし、お互いを傷つけあった。

 「いや!」
 『イヤダ!』
 「恐い、近寄らないで、痛いのも苦しいのもイヤ」
 『コワイ、イタイノイヤ、クルシイノイヤ』
 「お父さん、お母さん……」
 『カアサン……』
 「一人は怖い、お母さん、もういないの?お母さん……」
 『カアサン、イナイ……モウ、イナイ』
 「あたしは1人なの?一人なんていや!」
 『ボクモ……ヒトリハ、イヤダ』

 ナツメは自分と同じような気持ちのモンスターの声を感じた。

 「あなた、1人なの?」
 『キミモ?ヒトリ?』

 暴風がややおさまり、ナツメは宙に浮くモンスターにそっと手を差し伸べる。
 彼女がモンスターに触れた時、お互いの心も触れたのを感じた。

 「この子を傷つけちゃいけない」
 『コノコハ、キヅツケチャダメ』

 風が止まった。モンスターの力が抜け、ゆっくりと降下する。
 モンスターはナツメの腕の中に納まると、安心する様に眠ってしまった。
 サカキがゆっくりと近づく。

 『これでハッキリした。追加の検査の必要は無い』

 「ナツメ、お前は人殺しではない。暴れたのはモンスターだ、研究所を破壊し、熱と冷気ですべてを焼き尽くしたのもモンスターだ」
 「え?」
 「お前はその力で辛うじて自分の身だけは守れた」
 「自分だけ……」
 「力尽きたモンスターと人々の亡骸を、お前は……お前の方法で葬っただけだ」
 「葬った?」
 「そうだ、お前は誰も殺しちゃいない」

 ナツメは、曖昧な記憶を手繰り寄せる。

 「でも……病院みたいな所の人達を……」
 「彼らは生きている。……確かに、お前は彼らを弾き飛ばし怪我をさせた。施設も壊した。だが、瓦礫の下敷きになった彼らは上手く隙間に挟まっていて、無事だった」
 「無事だった……」
 「何かの力が働いたとしか言えない助かり方だ」
 「あたしが?」
 「お前が無意識のうちに、助けたのだ」

 ナツメが、真っ直ぐにサカキを見つめた。

 「どうして、人を助けられる力があるのに、あたしは家族を友達を研究所の人達を助けられなかったの?どうして?この力は何なの?どうして助けたい人達が救えないの?こんな力、こんな力なんていらない!」

 一陣の風がサカキをかすめる。彼は風を交わし切れず、頬に一筋、血が流れる。

 「……ナツメ、その力は今まで眠っていた。普通に暮らしていれば眠ったままだっただろう。だが、モンスターの暴走と目の前の惨劇に、力が目覚めてしまった」
 「目覚めた?」
 「お前の母方の家系に、そんな力を持つ者が時々出るそうだ」
 「お母さんの家系……」
 「そうだ、その力は、母親から貰ったと思え」
 「でも……」

 『お母さんも、お父さんも、友達も……』

 「そのモンスター、最近母親を亡くしたばかりだ」
 「え?」
 「野生のモンスター同士の戦いで、母親は亡くなり、そいつは一人っきりになって弱ってる所を捕獲された」
 「あたしと同じ……」
 「誰にも、心を許さなかったんだが……お前には、なついたようだ」

 ナツメは腕の中のモンスターを見た。静かに眠っている。

 「お前に、そいつを任せる。そいつを守って育てて欲しい」
 「守るなんて、無理……」
 「そいつは、お前と同じような力を持つモンスターだ。お前が適任だ」
 「でも……」
 「お前のような力を持つトレーナーを待っている場所がある。そこに行ってみないか?そこはESP系のモンスターを使うトレーナーを育てるジムだ」
 「ジム?」
 「そこなら、お前もそいつも訓練によって力をコントロール出来るようになる。守りたい者を守れるようになる。どうだ?」

 腕の中のモンスターは、わずかに動き、ナツメに寄り添った。
 ナツメには帰る場所がない。
 腕の中のモンスターを守りたい。
 イヤだとは言えなかった。

 ナツメは小さくうなずいた。

 「では、そいつをお前に任せよう。さあ、おいで」

 サカキは右手を差し伸べた。ナツメは片手でモンスター抱きながら、それに答える。
 サカキはナツメの小さな手を取る。

 「立派に成長した頃、迎えに行く」

   


   

 数年後、ヤマブキジムの裏手で、まだ若い女性のジムリーダーが何かを待っていた。
 時は夕暮れ、傍らには立派なモンスターを従えている。

 「もうすぐ、来るわ」
 『クル、カンジル。サミシイココロ、カンジル』
 「そうね、隠しているようだけど……あたし達には感じる」
 『カナシイニンゲン…クル』
 「悪の組織の人間なのよ?どうする?」
 『ボクハ、ナツメトイッショ。アクモ、セイギモナイ、ナツメトイッショガイイ』

 ガサッ。草が踏み分けられる音と供に、待ち人が現れる。
 初めて会った時と同じで、彼はたった一人、部下も連れずにやって来た。
 5メートルほど離れて二人は向き合った。

 「今日、この時、ここに来るのは解っていたわ」
 「……立派に育った様だな」
 「おかげさまで……」

 サカキはその場を動かず、僅かに笑みを浮かべた。

 「約束通り、迎えに来た」

 ナツメに言ったのか、モンスターに言ったのか、どちらにも取れる言葉にナツメの答えは一つだった。
 ゆっくりとサカキに近づく。

 『この人の本心が知りたい。本当に悪人なのか、抱えてる寂しさは何なのか』

 ナツメの真剣な眼差しに、サカキは無意識に心を閉じた。彼にESP能力は無い。だが、心と感情を殺すのは簡単に出来る。生きる為に、生き残る為に、自然に習得したのだ。

 『え?心が消えた!?』

 ナツメは立ち止まる。サカキの表情は変わらない。

 「どうした?イヤなら無理には連れて行かない」

 サカキは背を向け、去ろうとする。
 慌ててナツメは彼を追いかけ、行く手を遮る。

 「待って!サカキ…様」

 それが、ナツメの答えだった。
 二人はどちらともなく手を差し出す。
 彼女の手を取り、サカキが悪人の微笑を浮かべた。

 「ようこそ、我が元へ。ようこそ、ロケット団へ」

 この日から、ナツメはロケット団員となり、幹部に伸し上がって行くのだった。

  

――終り――  

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