|
一瞬のうちに、跡形もなく一つの街が消えた。
『……白い、白くて四角い……なんだろう?……私は何をしているの?』 目に映るのは、四角い白い天井。 「……検査はこれで一通り終わりです。詳しい結果が出ないと何とも言えませんが」 白衣を着た女は、苛立たしげにベッドの方を見た。 「……何か思い出した?」 少女は小さく首を振った。 「ほら、自分の名前さえ思い出せないのだから、役に立たないでしょう?検査結果が出たら本部に報告して処分するようにしますから」 そう言って、白衣の女は部屋を出ていった。 『病院みたいだけど、病院の匂いがしない所』 と、少女は認識していたが、どこにいるかは、解らなかった。 「名前も思い出せないの?」 男が訊く。 「……うん。あの……処分って、何?」 話の内容が理解できなくても、自分の話だという事は解る。 「まだ決ったわけじゃあない……。それより、最後に見た事、思い出せないかな?」 最後に見た事で、少女が覚えているのはそれだけだった。
少女は、小さな街に住んでいた。 研究の為だけに極秘に作られた街。外界とは、まったく遮断され必要な物資は本部から飛行船などで空輸される。一般の人は誰も知らない。 とても残骸と呼べないような、真っ白な灰のような物だけを残し、その街が消えたのは一週間前。実験動物も、研究者も、子供たちも、建物も、灰と化してしまったのだ。 少女は、たった1人の生き残りだった。
少女が黙り込むと、男は小さな溜息をついた。 『処分か……俺がやらなきゃいけないのか?モンスターは、何度も処分したが人間か……。気が重いな。自分で始末すれば良いだろう』 そう考えた時 「処分って始末の事?始末って、片付けること?」 ふいに少女が起きあがって訊いた。考えている事を見透かされて男は、うろたえる。 『片付けるって?殺されるって解ってるのか!?』 男の考えに反応する様に、少女は僅かに震えた。が、すぐに無表情になり下を向き黙り込んだ。 「結果が出たら……また、来る」 そう言って、男も部屋を出ていった。 『処分するらしいぜ。あの子』 「何?誰もいないのに、何で聞こえるの!?売るとか殺すって、私のこと?」 耳を塞いでも聞こえる声に、少女は怯えた。 「どうして?どうして殺されるの?私が何をしたの?……やだ、いやだ!」 少女はベッドから飛び降りると、ドアを開けようとした。 「やだ、いやだよ。なんにも思い出せないで、何で死んじゃうの?逃げなきゃ、どこか遠くに逃げなきゃ」 必死にドアを開けようとする。か細い手首が痛む。 「痛いのもイヤ!!」 バン! 奇妙な音とともにドアノブが裂けて、ドアが開いた。 「おい、お前!なぜ外に出てるんだ!?」 逃げようとしたが、すぐに追いつかれ腕を捕まえられる。 「やだ、帰る。私、帰るの!」 捕まえている手に力が入る。引きずられる様に歩かされる。研究者の白衣には血がついている。ついさっきまで動物実験をしていたのだ。 血を見た少女は、目の前が真っ白になり、そして真っ赤になった。 その瞬間 「ぎゃあああああ!!」 少女を押さえていた研究者が弾き飛ばされ、壁に激突し自らの血で白衣を赤く染めた。声を聞き駆けつけた研究者達も、同様に弾き飛ばされ悲鳴を上げる。 悲鳴と、血と、うめき声。あの時と同じだった。 「やだ、もうやだ、いやあ!!」 その叫び声に合わせるように、天井と壁が弾けて崩れる。
サカキは、デスクの上の書類に目を通した。いつもと変わらない書類の中に、違う物が混ざっていた。 「第48研究所壊滅後の処理、か。回収できるような残骸はなし。生存者の身元判明・名前はナツメ11歳、両親は科学者と研究員……出身地と家系図?」 ピー。 電話の呼び出し音がなる。 「私だ。検査結果が出たか?では追加の検査を……何!?施設を壊して逃げた!?……解った、施設の修繕は任せる。被害の状況は?……そうか。追っ手は誰が?見つけても手は出すな、普通のトレーナーとモンスターでは無理だ。……私が行く」 通信を切ったサカキは、自室を出ると研究室Dに入った。 「サカキ様、わざわざお見えにならなくとも、モンスターが必要でしたら準備をしてお持ち致したのに……急用で?」 研究員は、そっと、起こさない様にモンスターボールを持ち上げ差し出す。 「訓練どころか、人間にも慣れていません。暴走しますよ?」 サカキは不敵な笑みを浮かべた。 「それが目的だ」 そう言い、サカキはモンスターボールを受け取った。 「……お気を付けて」 部屋を出るサカキに研究員は一礼する。 「長年お仕えしているが、サカキ様の行動と心は読みきれない。モンスターの方が扱いやすい……」
誰もいないのに声が聞こえる。耳を塞いでも聞こえる。 「ここなら、本当の声と混ざって解らないはず……」 どこをどう走ったの憶えていない。気がついたら街外れにいた。 『なに?あの子。病院服?』 そんな声が聞こえる。確かに彼女は白っぽい検査服のような服に、裸足だった。 非常階段の横に腰を下ろし、考え込む。少しだけ記憶が戻って来ている。 「あの時も同じだった……モンスターが暴れて、熱くて、冷たくて、人がたくさん倒れて、血だらけで……そして目の前が真っ白になって……」 ナツメは、考え込んでいたせいで、聞こえる声を気に留めていなかった。いつのまにか近づいている人間がいることも……。 「おい!小さいねえちゃんよお。ここが誰のシマか、わかってんのかぁ?ああ?」 ガラの悪い男達が、ナツメを取り囲んでいた。 「何だぁ?ビックリして声も出ねえか?行く所無いんだろ?その様子じゃあ」 『何だ、まだお子様じゃあないか』 耳に、頭に、声が聞こえる。男達の考えまで伝わってくる。 「やだ、行かない。ほっといて……アタシにかまったら、おじさん達……」 『そう、さっきみたいに……人が飛んで血だらけになって建物が崩れて……』 「あはははははは!!何言ってんだあ?こいつ」 男の1人が乱暴に襟元をつかみ、ナツメを立ち上がらせる。そして、ニヤッと笑うとそのまま彼女を壁に押し付けた。 「じゃあ、見せてもらおうか。殺す所を」 ナツメは目を合わせず、下を向いている。体は小刻みに震えている。 「いいかげんな事を言って逃げようとしたってダメなんだよ!」 男の左手が、ナツメの頬を打つ。その手が首にかかり、彼女は無理やり顔を上げさせられた。 「こっち向けよ。目をそらすな!」 目を合わせたまま、ナツメは恐くて動けなくなった。様子を見ていた他の男が笑う。 「おいおい、子供相手に何する気だぁ」 『イヤだ……殺されるのは、イヤ!』 ナツメは目の前が真っ白になるのを感じた。 『ああ、また、人が血だらけになるんだ……』 そう思った時、違う男の声が、低くて落ちついた声が、ハッキリと聞こえた。 「こんな連中に、お前の力を使うことは無い。ナツメ」 男達が振り向く。黒いスーツの男が立っていた。ナツメは目の前が赤くならずに済んだ。 「何だお前は?見かけない顔だなあ」 黒スーツの男は不敵な笑みを浮かべた。 「何!?」 攻撃しているのは、モンスターだった。あっという間に男達は、地面に倒れ、うめいている。 「止めは刺さない、後は好きにしろ。と言っても、しばらく動けないか……」 黒スーツの男は、フッと鼻で笑う。 「死なずに済んだことを、感謝するんだな。後遺症は残るかもしれないが、自業自得だ」 黒スーツの男は、ナツメの方を見た。彼女は怯えていた。あっという間に数人の人間を倒してしまうモンスターを持つ男に怯えていた。 「探したぞ、ナツメ」 震える声で、ナツメは答えた。 「あたしは……あたしの名前は、ナツメなの?」 男が近づく。 「来ないで!あなたは、誰なの?」 もっと近づく。ナツメの恐怖が臨界に達した。目の前が真っ赤に染まる。 「いやあ!来ないで!!仕返ししに来たんでしょ!?来ないで!!」 一気に、ナツメの力が放出され、サカキは真後ろに弾き飛ばされる。 「もう、いや……誰も、誰も傷付くのを見たくないのに……いや、いや……もう誰も死なせたくないのに、痛いのも苦しいのもイヤ、もう誰も近寄らないで!!」 ナツメを中心に暴風が吹き荒れる。先ほどの倒れた男達も、風に巻き上げられどこかに飛ばされる。サカキとモンスターは風に耐え、力に耐えていた。周りに乱雑に置かれていたダンボールやガラクタがいとも簡単に飛ばされ壊される。 「ナツメ、お前は人殺しではない。だから落ちつけ!」 サカキはそう言うと、モンスターボールを取り出し投げた。 モンスターも、ナツメの目の前に投げ出され、混乱していた。 「いや!」 ナツメは自分と同じような気持ちのモンスターの声を感じた。 「あなた、1人なの?」 暴風がややおさまり、ナツメは宙に浮くモンスターにそっと手を差し伸べる。 「この子を傷つけちゃいけない」 風が止まった。モンスターの力が抜け、ゆっくりと降下する。 『これでハッキリした。追加の検査の必要は無い』 「ナツメ、お前は人殺しではない。暴れたのはモンスターだ、研究所を破壊し、熱と冷気ですべてを焼き尽くしたのもモンスターだ」 ナツメは、曖昧な記憶を手繰り寄せる。 「でも……病院みたいな所の人達を……」 ナツメが、真っ直ぐにサカキを見つめた。 「どうして、人を助けられる力があるのに、あたしは家族を友達を研究所の人達を助けられなかったの?どうして?この力は何なの?どうして助けたい人達が救えないの?こんな力、こんな力なんていらない!」 一陣の風がサカキをかすめる。彼は風を交わし切れず、頬に一筋、血が流れる。 「……ナツメ、その力は今まで眠っていた。普通に暮らしていれば眠ったままだっただろう。だが、モンスターの暴走と目の前の惨劇に、力が目覚めてしまった」 『お母さんも、お父さんも、友達も……』 「そのモンスター、最近母親を亡くしたばかりだ」 ナツメは腕の中のモンスターを見た。静かに眠っている。 「お前に、そいつを任せる。そいつを守って育てて欲しい」 腕の中のモンスターは、わずかに動き、ナツメに寄り添った。 ナツメは小さくうなずいた。 「では、そいつをお前に任せよう。さあ、おいで」 サカキは右手を差し伸べた。ナツメは片手でモンスター抱きながら、それに答える。 「立派に成長した頃、迎えに行く」
数年後、ヤマブキジムの裏手で、まだ若い女性のジムリーダーが何かを待っていた。 「もうすぐ、来るわ」 ガサッ。草が踏み分けられる音と供に、待ち人が現れる。 「今日、この時、ここに来るのは解っていたわ」 サカキはその場を動かず、僅かに笑みを浮かべた。 「約束通り、迎えに来た」 ナツメに言ったのか、モンスターに言ったのか、どちらにも取れる言葉にナツメの答えは一つだった。 『この人の本心が知りたい。本当に悪人なのか、抱えてる寂しさは何なのか』 ナツメの真剣な眼差しに、サカキは無意識に心を閉じた。彼にESP能力は無い。だが、心と感情を殺すのは簡単に出来る。生きる為に、生き残る為に、自然に習得したのだ。 『え?心が消えた!?』 ナツメは立ち止まる。サカキの表情は変わらない。 「どうした?イヤなら無理には連れて行かない」 サカキは背を向け、去ろうとする。 「待って!サカキ…様」 それが、ナツメの答えだった。 「ようこそ、我が元へ。ようこそ、ロケット団へ」 この日から、ナツメはロケット団員となり、幹部に伸し上がって行くのだった。
――終り―― |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||