青 空

ライチュウ&マチスのお話です。
かなり前に某HPのイラストを見て浮かんだ小説です。
ということで、その某所にも投稿した作品です。
小餅の小説にしてはめずらしく、ほのぼのしてます。

   

 もう初夏だというのに冷たい小雨の降る日、訓練中にライチュウがいなくなった。

 「申し訳ありません!何とお詫びしていいのか…」
 「謝るのは後でいい、状況を説明しろ!」

 訓練を任されていた部下はマチスに怒鳴られ身をすくめながら答えた。

 「…Bブロックでサバイバル訓練中、崖に追い詰められたライチュウが…その、興奮というか混乱してしまって……敵味方の区別なく攻撃して、……逃げました」
 「why?崖だって?あいつは高所恐怖症だってコト忘れたのか!」
 「す、すいません!」

 マチスはこれ以上興奮したら部下を殴るかもしれないと思い、一呼吸ついて気を落ち着けて言った。

 「ケガは?ないのか?」
 「はい!ライチュウにケガはありません。攻撃されたポケモンも今、回復させています」
 「わかった、もう下がっていい。ライチュウはオレが捜す」

 部下が下がるより早く、マチスは外へ飛び出した。彼には心当たりがあった。

   

 その頃、ライチュウはハルニレの木の根元で雨宿りをしていた。

 (あめ、つめたい…)

 空を見上げる。灰色の雲がところどころ白くなっている。ライチュウは雲を眺めながら初めて雪を見た日のことを思い出していた。

  


  

 ある冬の夜、マチスが子どものようにはしゃいでライチュウを外に連れ出した。

 『ライチュウ!見ろよ、雪だ!雪が降っている。やけに今日は冷えると思ったよ』

 (ゆき?)

 ライチュウはキョトンとして、マチスを見つめた。

 『何だ、初めて見たのか?この白いふわふわしたヤツは雪っていうんだ』

 (ゆきって、なに?)

 ライチュウは今度は雪とマチスを交互に見つめた。
 寒さにぶるぶるっと震えるライチュウを、マチスは背中から抱きしめ空を見た。

 『う〜ん、雪がなんだかわからないみたいだな〜』

 (ゆきって、なに?)

 『そうだな〜、雨、雨の親戚だ。雨の仲間』

 (あめ?)

 納得のしない顔で振り返る。

 『え〜と、空のうんと高いところはずっとずっと寒いんだ』

 (?)

 『そこで雪ができて降ってくる。地上が寒いと雪のまま降ってくる』

 (さむいと、ゆき…)

 『地上が暖かいと降ってくる途中でとけて雨になる』

 (とける?)

 マチスが片手で雪を受け止める。見る間にとけて水になる。

 (みず…あめとおなじ)

 何となくわかった気がして振り向くライチュウの表情に、マチスも満足げに微笑む。

 『わかったみたいだな』

 ライチュウは、本当はよくわからないけど一生懸命教えてくれることがうれしかった。

 (ゆき、つめたいけどあったかい…)

 ふたりはしばらくの間、寒さも忘れて雪を眺めていた。

  


   

 マチスはライチュウを捜しに、ジムの裏手、雑木林の奥へ入った。人がめったに入らない原生林。そこにライチュウのお気に入りの場所がある。

 野生のカザグルマの生息地――きっとライチュウが生まれ育ったところにもその花があったのだろう。園芸種のクレマチスの原種で美しい花なので乱獲され、絶滅危惧種にされている。今はちょうどカザグルマの開花時期……間違いなくそこにライチュウはいるはず、と思いマチスは先を急いだ。

 「ライチュウ、ここにいるんだろ?」

 白い花の中にライチュウを捜すが何処にもいない。

 「あれ?おかしいな〜」

 マチスは傘を置き、すっかり雨の上がった空を見た。視界にオレンジ色が入る。

 「ライチュウ……お前……」

 高所恐怖症のはずのライチュウが木に登っていた。ライチュウはマチスに気づいていない。驚かしてはいけないと思い、マチスは声をかけるのをためらった。

 (お前は、自分の弱点を克服しようとしているのか?)

 マチスはライチュウと出会った日のことを思い出した。

  


  

 どれぐらい前のことだっただろうか、トキワの森の外れで、まだ小さなピカチュウをマチスは見つけた。
 ピカチュウはビードルの集団に追われていた。おそらく一匹しかいないと思って手を出したところが集団だったのでビックリして逃げたのだろう。囲まれたピカチュウはそばにあった木にあわてて駆け登り、電撃で次々とビードルを倒していく。

 マチスは遠くから黙って見ていたが、ビードルをすべて倒したピカチュウがなかなか降りようとしない。まさか、と思い近づくとピカチュウは身を硬くしていた。……どうやら高さに目が眩んで動けないらしい。

 マチスは木に登り近づいた。

 『危害を加える気はない、降ろしてやるよ』

 そう話しかけるとピカチュウはじっとマチスの目を見て、意を決し彼の肩へ飛び乗った。

 『ベイビー、体は小さいがいい目をしている。オレと一緒に来ないか?』

 ふたりはそれ以来の仲である、が、高所恐怖症はライチュウになっても治っていなかった。

  


  

 ライチュウは木の幹にしっかりとしがみつき、徐々に青空が広がっていくのを見ていた。

 まだ熟しきっていない木の実から雨のしずくが落ちる。

 (ゆき、つめたいけどあったかい。あめ、つめたくて…つめたい)

 やわらかな風が鼻をくすぐった。大好きな花の匂い…大好きな人の匂い…。

 (マチス?)

 そっと下を見下ろすと、草地にマチスが立っている。その少し後ろの方に水滴をキラキラ光らせて花が咲いている。

 「ライチュウ、えらいぞ。そんなに高いトコまで登って」

 ライチュウは降りようとして高さにためらった。

 「オレはそこまで迎えに行けないぜ」

 ライチュウは表情を硬くする。今度は自分で降りなくてはならない。

 マチスが優しく声をかける。

 「カモン、ベイビー」

 マチスが両手を広げると白いシャツもふわっと広がり、青空を映しライトブルーに輝く。

 (あのむねに、とびこみたい!)

 ライチュウは瞳を輝かせ、高さを忘れて思い切り飛び降りた。力強い腕が抱きとめる。が、マチスはライチュウを抱きしめたまま草の中に仰向けに転がってしまったので、ふたりともすっかり濡れてしまった。

 「ハハハ、立派に育ったな、ライチュウ」

 もう一度しっかりと抱きしめる。

 (あめ、つめたいけど、つめたくない。あめ、あったかい……マチスいるから)

 この日ライチュウは高所恐怖症を克服し、一人前に一歩近づいた。

   

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